絶世名手
2024-05-18 「無期迷途」運営チーム

Part.01

「ふぁ~~朝寝坊できるって本当に最高だな。でも、なんでこんなに頭が痛いんだ?うっ、いたたた……」

澈は首を回しながら白記事務所の奥の部屋からフロントに出てきて、カウンターの後ろの椅子にゆったりと身体を「ぶら下げ」た。

長い時間をかけて事務所を掃除していたK.K.は、眉をひそめうんざりした表情を浮かべる。

「『朝』寝坊?もう昼過ぎだぞ!昨日、夜中まで飲んでたせいで、昼ご飯に呼びに行っても起きられなかっただろ。こんな生活を続けてたら、いつかここが潰れて餓死するぞ。怖くないのか?」

そんな文句を言いながらも、彼女は手を止めずに隅々まで綺麗に掃除をしていく。結局、こうした日常に慣れてきているのだ。それでも、文句を言わずにはいられないのだろう。

澈も、文句を言われても気にすることなく、頭を揉みながら辺りを見回した。

「ハクイツは?俺より遅く起きるわけないよな?」

「あんたより少しマシだけど、それもほんの少しってくらいだ。澈が起きる数分前に急いで出かけて行った。急に大事なこと思い出したとか言ってな。詳しく聞く前に出て行ったよ。彼女のスピードはよく知ってるだろ」

K.K.は首を振って続けた。

「さて、みんな起きてくれたから安心して配達に行ける。店番、頼んだぞ」

そう言うと、K.K.は手を振ってドアに向かう。そこには山のような荷物があった。

「ああ、分かった。さっさと行って、さっさと帰って来いよ」

澈はどこからか漫画を取り出し、それを読みながらK.K.に手を振った。



しかしK.K.が出ようとすると、慌てた様子の中年男性が駆け込んできて、危うく彼女にぶつかりそうになった。

「すみません、すみません、あの……ここで依頼を受けてくれるんですよね?頼みたいことがあるんです!」

男性はティッシュを取り出し、汗ばんだ身体を拭きながら、カウンターの後ろに座っている澈を見る。

澈は漫画本から顔を出し、絶望的な表情を浮かべた。

「おいおいおい、起きて3分も経たないうちに、仕事が勝手に舞い込んでくる。これが人生か?」

K.K.はカウンターの後ろに戻って澈の手から漫画を奪い、その頭を軽く叩く。

「くだらないこと言うな。起きたら仕事しなきゃいけないって思ったから寝坊したんだろ?始業したなら働け」

「分かったよ。K.K.がそう言うなら、とりあえず依頼を聞こう」

澈は少し服を正し、「我々はプロ集団だ」という顔を作った。

中年男性は安堵して息をつく。

「兄さん、聞いてください。私の母親が昨日散歩に出たっきり帰ってないんです。もうすぐ丸1日になります。最近、この辺りは物騒でしょう?私は……私は本当に心配で!」

「ああ、人探しの依頼か?分かった」

澈は真面目な顔で立ち上がり、中年男性の肩に腕を回してドアの方へ誘導した。

男性は訳も分からずついて行き、澈が自分の耳に顔を寄せるのを見て、意図を察して耳を傾ける。

「よ~く見てください。あそこです。ドアを出て、左に曲がったら、真っすぐ進んでください。西区再建委員会へ、どうぞ」

一言ずつはっきり言うと、澈は手を伸ばして中年男性を「丁寧に」送り出した。それから彼は事務所に戻り、小さな声でこう呟く。

「人にはそれぞれ専門分野がある。この仕事は俺たちの業務範囲外だ。サボりたいから断ったわけじゃない。ハクイツもきっと分かってくれるだろ」

「ちょ、ちょっと!」

中年男性は拒否されていることに気付き、慌てて澈の腕を掴んだ。

「兄さん、聞いて、聞いてくださいよ!私は西区再建委員会から来たんです!」

中年男性の顔にしわが寄り、小籠包のようになっている。

「今朝、再建委員会に行ってきました。でも行方不明になってる時間が72時間未満だから、立件できないと言われたんです。もしかしたら家に帰るのが少し遅れているだけかもしれない、家に帰ってもう少し待つようにと……私には分かります。彼らは面倒だから受け付けたくないだけなんです。でもこれ以上誰に頼ればいいか分からなくて……私は……」

そう言いながら、男性は涙を流す。まるで「小籠包」の「スープ」がこぼれたかのようだった。

K.K.はため息をつき、中年男性の肩を支えようと歩み寄った。

「兄さん、慌てるな。何が起こってるか詳しく教えてくれ。依頼を受けないとは言ってないだろ」

そう言うと、彼女は振り返って澈を睨みつけた。

「働かない奴のために夕食を作る義務はない。ハクイツもきっと分かってくれるだろ」

「K.K.さん、あなた様は本当にお優しいですね。配達がまだ終わってないくせに……また新しい仕事を受ける気か?」

澈は絶望に満ちた表情を浮かべながらも、素直に椅子を持ってきてお茶を淹れる。

「よし、兄さん。話してくれ」

依頼を引き受けることを決め、白記の二人の表情も真剣になった。

中年男性は、老人の失踪事件の一部始終を思い返しながら詳しく説明していく。だが最初に簡単に説明した内容と大差はなく、時間の詳細と今日の捜索時に集めた情報が付け加えられただけだった。結局、彼も母親が家を出た後の行動を何も知らないのだ。K.K.は注意深く話を聞き、見逃しているかもしれない重要な点を探る。

「大事な問題を見つけた」

澈が手を上げ、中年男性の話とK.K.の思考を遮った。

「え?」

K.K.は驚いた。自分は何も鍵となる情報を見つけられなかったのに、澈は気付いたというのだろうか。

「兄さん、それは一体?」

「報酬の交渉がまだなのに、なんで仕事を始めてるんだ?」

澈は真剣な顔をして低く言った。

K.K.の額と拳に微かに血管が浮き出るが、彼女は怒らなかった。澈の発言は正論だからだ。白記の本質は金を稼ぐことにあり、ビジネスである以上、事前に価格交渉をしない理由はない。

「ああ、そうでしたね。ただうちは……あまりお金がないんです。唯一価値があるものといえば、母が大事にしている純金の神像くらいですね。もちろん!お二人が母を見つけてくだされば、その神像を報酬としてお渡しできるよう母を説得します。そういえば、母は昨日それをわざわざ持ち出していました。それが原因なんじゃ……」

澈とK.K.は、顔を見合わせて頷く。その表情は真剣だった。

「ああ、純金の神像を持ってたなら……悪党どもに狙われた可能性は高い」

これはいいニュースではなかった。悪人が神像を奪った後、冷酷に……証拠を消すかもしれない。そんなことは起きないと誰も保証できないのだ。

中年男性も明らかにその可能性を考えたようで、再び心配そうに顔を歪める。

「こら、最悪な方に考えるな。とにかく動き出そう。澈はまず母親がよく行く場所をあたってくれ」

K.K.は手を上げ、澈の頭にぽんと乗せた。

「え?俺一人で?」

「当たり前だろ?私はまだ配達が残ってるからな。終わり次第すぐ手伝いに行くよ」

K.K.は肩をすくめた。

「じゃあ誰が店番するんだ?」

澈はまだ働くのを嫌がっているようだ。

K.K.は窓の向こうの空を見てこう言った。

「今日は他に客は来ないだろうから、とりあえず閉めよう。ハクイツには後で言っておく」


Part.02

澈はもう何時間も、やみくもに通りを彷徨っていたが、老人を見つけることはできなかった。

今は退屈そうに道端にしゃがみ込み、地面に落ちているタバコの吸い殻を数えながら待ち合わせ時間になるのを待っている。そう遠くない所にK.K.の姿を見つけ、彼は手を振った。

「収穫はあったか?」

K.K.はまだ箱をいくつか手に持っていて、明らかに配達が終わっていない。

「あったぞ、これは本当だ。おかしなことに気付いてな」

澈は立ち上がりながらそう言う。

「最近、年寄りが行方不明になったのはあの一家だけじゃない。あちこちで起きてるんだ」

「あちこちで?」

K.K.は手にした箱をぎゅっと握り締めた。

「ああ」

澈は地面に落ちていた空き瓶をゴミ箱に向かって蹴り飛ばす。空き瓶は弧を描いてしっかりと着地した……ゴミ箱の近くに。

「ゴホン……異能力を使わないと、精度がかなり落ちるな……」

澈は小さな声で呟く。振り返ったがK.K.は今のミスを気にしていないようで、彼は気まずそうに咳払いをしてこう続けた。

「最近、家の年寄りが謎の失踪をしたって人が多いんだよ。多分ここ数日のことだな。再建委員会の役立たずどもは、面倒くさがって深く調査してない。でも実際数えてみると……無視できない事態になってる。最悪、西区だけじゃなく、ニューシティでも……同じような事件が起きるかもな」

「しかも、失踪した年寄りたちには共通した特徴がある。いなくなる前、貴重品をたくさん持って外に出ていたんだ。金、金や銀の装飾品、翡翠の骨董品……とにかくどれも高いものだな」

「貴重品?」

「そういえば、何か覚えがあるな。金、災厄……」

何かを思い出したように、澈は遠くを見つめる。

「煙煙……のことか?でも、それはもう……」

K.K.も同じことを思い出したようだった。

煙煙は以前、不吉な予言をしていた。古いものに別れを告げ、新しいものを迎える時期に、黄金を飲み込み、災いを払う異獣が降臨する。それは富を奪い、災厄をもたらす……

その時は、皆信じていなかった。

「でも、金烏は収容されただろ……自分で自分を怖がらせるようなことを言うな」

K.K.はまだ信じられないようにこう続ける。

「とにかく、今やるべきは行方不明の年寄りたちを見つけることだ。私たちも、西区の年寄りたちには世話になってるしな。見つければ、自然と真実も明らかになる」

「あまり疑心暗鬼になるなよ。煙煙の予言は気にしない方がいい。私もこの件をハクイツに報告して、協力してくれって頼むよ」

K.K.は澈を慰めた。



その時、眼鏡をかけた礼儀正しそうな男性やってきた。彼は澈を見ると慌てて駆け寄ってくる。

「徹く……いや、依頼人さん。あんたの求めてた情報は全部聞き出してきたぞ」

眼鏡をかけた男性は、澈よりも年上に見える。彼を君付けで呼ぼうとしたが、相手の噂や現在の互いの関係性を考え、男性は急いで呼び方を変えた。

「お?どうだった?」

この眼鏡をかけた男性はこの辺りの人間だ。部外者が突然事情を聞きに来て助けたいと言い出しても、家族は警戒して本当のことを言わなくなる。澈はそれを避けるため、わざとこうした人を使って代わりに聞いてもらったのだ。

「はぁ、俺は行方不明者の家族と……長い間お喋りをして、遂に……新たな情報を聞き出した。彼らは失踪する前に、皆……『財宝の神』……みたいな話をしてたらしい」

眼鏡の男性は疲れ果て、息を切らしていた。

「財宝の神?」

それを聞いて、澈とK.K.は混乱した。「異獣」のような言葉が出てくると思っていたのだ。

話を聞いた行方不明者も、大金を伴って姿を消しているらしい。これは本当に災いの神ではなく財宝の神なのだろうか。

すると、K.K.は何かを思い出したように眉をひそめた。

「配達中、何人かその話をしてるのを聞いたな。『火のない所に風は立たない』ってことか」

「それを言うなら『火のない所に煙は立たない』だろ……K.K.、インテリぶるなよ」

「ほ、ほとんど同じだろ。それで、その『財宝の神』を探すにはどこに行ったらいいんだ?」

少し恥ずかしくなったのか、K.K.はすぐに話題を変えて眼鏡の男性を見る。

「ニューシティに新しくオープンした雀荘があって、少なくとも3人の年寄りが失踪する前にその話をしてたらしい。でも、年寄りがそんな遠くまで行くはずないと思って、今まで確認しに行かなかったそうだ」

眼鏡の男性はかなり落ち着いてきたようで、スムーズにそう話した。

「じゃあ何をぐずぐずしてるんだ?すぐに行こう!」

真っすぐなK.K.は二人の肩を叩く。

ちょうどその時、澈の通信端末が鳴った。社長のハクイツからの着信だ。

電話に出た澈は、白記が白昼堂々閉まっていると聞きつけたハクイツに、どこにいるのかと尋ねられる。澈は、彼女に事の次第を簡単に説明した。

「状況は分かったわ。クソガキ、きみもK.K.も気を付けなさい。その雀荘には裏があるはずよ。十分用心することね。無理だと分かったら、すぐ手を引いていいから」

ハクイツの怠惰な声が電話の向こうから聞こえる。

「そういえば報酬の交渉はした?」

「社長、もし行方不明の年寄りたちを見つけられたら、報酬として純金の像と他にも高そうな物をくれるって言ってたぞ」

K.K.が隣で代わりに答えた。

「……」

電話の向こうで2秒ほど沈黙が続く。そして気まずさをごまかすような咳払いが聞こえた。

「ゴホン、さっきはあたしが間違ってたわ。無理だと分かっても、もっと頑張りなさい。家族を失った人たちは、痛みや悲しみを抱えてるんだからね。白記事務所がそんな人たちを助けるのは当然よ!うん、努力するのよ、頑張って~!きみたちならきっとできるって信じてるわ」

「ハクイツ……露骨すぎるぞ」

澈もK.K.も言葉を失った。

「こんな面倒事に巻き込まれるつもりはなかったんだが、社長命令だ。一緒に見に行くか」

澈は眼鏡の男性から雀荘の住所を聞き、K.K.と出発しようとする。

「一緒に?いや、先に行っててくれ。まだ配達が終わってなくて……」

K.K.は真剣な表情で、手に持っていた箱を振った。

「……K.K.、その配達永遠に終わらなさそうなのは気のせいか?」


Part.03

雀荘前――

喧騒の中、澈は数人の老人たちに押し出された。

「嘘じゃない!お前たちの家族が探してるんだよ!」

澈は少し焦りながらそう言ったが、既に麻雀に夢中になっている老人たちにその言葉は届かない。彼らの目に澈は「金儲け」を邪魔する若者としか映っていないのだ。

澈は、雀荘の入り口からほど近い場所で、しゃがみ込んでタバコを吸っている男に目を留め、話しかけた。

「兄さん、この雀荘のオーナーって知ってるか?」

男はタバコをくわえて深く吸い込み、澈の顔に全て吐きかけた。

「ここに来るのは初めてか?この雀荘のオーナーならもちろん知ってるぞ」

「それはありがたい。オーナーはどんな人なんだ?教えてもらえると助かるんだが」

澈は濃い煙で何度も咳き込むのも気にせず、急いで彼に近づく。

「そう言うあんたはどこから来たんだ?そんなの聞いてどうする?」

男は目を細めて澈を観察する。相手の雰囲気がここの常連客と異なっているからだ。

澈は少し考え、嘘をつく必要はないと思い、正直に自分の目的を話した。

元々は、西区で高齢者の失踪事件を調査していたが、結局失踪した高齢者たちはここに集まって麻雀をしていた。事件は円満に解決したと思われたが、彼らは麻雀に夢中で、何を言っても聞く耳を持たなかったと。

「ほう、家に帰したいのか。それは無理かもしれないな……」

男はため息をついた。

「今、この店のオーナーはどうやって彼らを家に帰そうか頭を悩ませてるところなんだ……」

「ということは……」

澈は、目の前の男が言っている意味をなんとなく察した。

案の定、男は頷く。

「俺がここのオーナーだ。だが残念なことに、今は客を招き入れるのは簡単だが帰ってもらうのは難しい。彼らはすぐ夢中になって、俺の言うことも聞かないのさ。信じられなかったら、もう一度行ってみればいい。俺はコミュニケーションを取るのを諦めたよ」

「つまり何もしてないってことか?信じられないな、そんなことあるのか?」

澈は疑うようにそう言う。

オーナーはためらいながら口を開いた。

「実はこの前……とにかく俺も、どうやって彼らを家に帰らせるか悩んでるんだ。金を稼ぐつもりだったのに、今は爺さん婆さんたちが1日中打ってる始末だ。食べ物や飲み物を出さなきゃならないし、もし興奮しすぎてあの人たちに何かあっても、責任なんか取れないぞ」

オーナーが何か重要な情報を隠している可能性もあるが、今の最優先事項は老人たちを家に帰すことだ。このまま先延ばしにすれば、焦った家族が何をするか分からない。

「分かった、分かった。穏便な方法でダメなら、やっぱりあれでいくしかないな!」

澈は凶暴な言葉を投げかけると、背を向けて立ち去る。

唖然としたオーナーは一人その場に残された。

「何をするつもりだ?」

ほどなくして、服を着替えた澈が雀荘の前に再び立っていた。

オーナーは驚きと不安の表情で澈を見つめたが、長い時間をかけてやっと先ほどの若者であると気付いた。

「えっと……あんた、その格好は……」

着替えた澈は、刺青の入った腕を見せ、眼帯を無地の純黒に変え、髪も編み直している。これほど服装が激変すれば、彼であると分からないのも無理はない。

「なぁ、どうだ?借金取りのマフィアに見えるか?」

澈は手にしたアクスの柄でオーナーの胸を軽く叩いた。

「と……とても見える」

雀荘のオーナーは密かに唾を飲み込む。

「ゴホン!」

澈は咳払いをして気持ちを整えると、次の瞬間、凶悪な表情を浮かべてドアを押して中に入った。

「よく聞け!みかじめ料の徴収だ!金持ってる奴は出せ。持ってない奴は……友達になってやってもいいぜ!ふん!」

「このアクスには目がついてないし、俺様も上手く投げられない。投げたら誰を切っちまうか分からねぇな!」

そう言い、彼は手にしていたアクスを振る。

澈は自分の演技が完璧だと思っていた。恐らく、老人たちはパニックを起こしてドアから逃げ出すはずだ。

しかし次の瞬間、ヒマワリの種を頭に投げられ、澈は一瞬ぽかんとしてしまった。

目の前には、目を吊り上げた老婆が立っている。

「婆さん、いい度胸してるな。俺様はみかじめ料を徴収しに来たんだぜ!」

澈は内心焦っていた。なぜ台本通りにいかないのだろうか。

「ああ?みかじめ料だと?」

老婆は澈を睨みつけ、ヒマワリの種を再び掴んで澈に投げつけた。

「婆さん、俺はマフィアだぞ!」

「はっ、マフィアか!」

ヒマワリの種がまた飛んでくる。

「婆さん、俺は今アクスを持ってるんだぞ!」

「はっ、アクスね!」

ヒマワリの種が更に飛んできた。

周囲で見ていた老人たちは大笑いしている。一人の老爺が近づき、澈の「刺青の腕」に触れた。

「若いの、このアームカバーはちょっと安っぽいな。次はもっといいやつ使いな」

店内はすっかり愉快な雰囲気に包まれている。

「さっきも邪魔しに来ただろ。今度は服を変えて来るとはな。俺たちが分からないとでも思ったのかい?」

数人の老人たちが怒りながら澈に近づき、健康体操のようなさほど強くない拳で殴りつける。

「ぐはっ、やめろやめろ!殴るにしても顔はやめてくれ!」

今回は台本通り誰かがドアから逃げ出したが、残念ながらそれは脇役ではなく主役だった。



それから10分後。

MBCCの局長が無力感を漂わせた表情で雀荘の前に立ち、手元の端末に向かってこう尋ねた。

「それで、これがあなたの言う緊急事態か?」

電話の向こうのK.K.も少し言葉を失っている。澈に失踪した老人たちを探してもらい、目的の人々は見つかった。しかしなぜ老人たちに殴られているのか分からず、助けを呼ぶ羽目になったのだと彼女は説明した。

「あなたたちの従業員がやらかしたことだ。社長が解決しに来るべきだろう。なぜ私を呼んだんだ?」

局長は眉をひそめる。

「配達で忙しいんだ。完了できなかったら、賠償金を支払うことになる。うちにそんな余裕はない」

「まだ配達をしているのか!?」

「だがこれは……私の職務範囲ではない」

局長も目の前の状況に頭を痛めていた。澈が老人たちに取り囲まれ、殴られ、壁に追い込まれそうになっている。

しかしその言葉を口にした途端、局長は不意に表情を険しくした。

店内の台に置かれた神像が異様なオーラを発しているのを誰も見ていなかった。

ドカーン!

大きな音が響き、澈が寄りかかっていた壁が急に崩れてしまった。

「おいおい、爺さん婆さんたちって……こんなに強いのか?」

澈は目に星が浮かぶほど激しく殴られ、まだ状況が理解できていない。

崩れた壁の向こうには、恐ろしく凶暴な怪物が立っていた。神話や伝説から飛び出してきそうな姿とオーラは、その場にいた全員に衝撃を与える。

長い鳴き声と咆哮が続き、誰もが耳をしっかりと塞いだ。

最初に反応したのは澈と局長だった。局長は、澈が「攻撃」された際に落としたアクスを掴み、彼の方へ投げる。

「今回は特殊な状況だ。異能力の使用を許可する!」

澈は即座に異能力を発動し、アクスが着実に彼の手に落ちた。

「よし、今回は当たるぞ」

老人たちはやっと状況を理解し、慌てて四方八方に散っていく。澈が頭に描いた台本とは少し異なってしまったが、最終的に目的は達成した。

「さっきまでは爺さん婆さんたちにされるがままだったが、今からはしっかり戦わないとな」

澈は冷笑しながら、身体についていたヒマワリの種の皮と麻雀牌を引き剥がす。

「残念ながら、俺は怒ってるんだ。お前もそうみたいだな?」

澈の手にあったアクスが、音を立てながら怪物に向かって飛んでいった。



状況が落ち着いてきた頃、局長と澈は、落ち込んでいる雀荘のオーナーの前に立った。

「どうして、どうしてこんなことになったんだ、俺は……こんなこと望んでないぞ……」

オーナーは虚ろな目でそう呟く。

オーナーとの「友好的なコミュニケーション」を経て、局長と澈はようやく何が起きたのかを理解した。

以前、東洲から来た白い衣服の謎の女性が、オーナーに奇妙な神像を売りつけたらしい。そして何度も拝むことで、東方の財宝の神の加護が得られると言い残したようだ。オーナーはその時、なぜだか彼女の言葉を信じてしまった。

買った後に騙されたと思ったオーナーは「損失を転換」するため、謎の女性の発言を利用して、多額の費用をかけてテレビ番組を買収し、「麻雀を700回したら財宝の神を召喚できる」という嘘をでっち上げて広めたようだった。

雀荘によく出入りする老人たちは皆ギャンブル好きで、こうした鬼神の伝説を一番信じるタイプだ。ギャンブラーは「運」という実体のないものを信じてしまう。そのため、彼らは我を忘れてずっとここでギャンブルを楽しんでいたのだ。もちろん、単に夢中になりすぎていた可能性もあるが……

オーナーも、ビジネスが好調であることを喜んでいた。

しかし不思議なことに、金を失っても、多くの人がすぐに雀荘に戻ってくる。そしてより夢中になり、より熱狂し、家にすら帰ろうとしない。オーナーも何かがおかしいと気付いていたが、店を開けば稼げるので深く考えていなかった。

オーナーが予想していなかったのは、いわゆる「財宝の神の祝福」が全て裏目に出て、金のなる木が怪物に変わり、彼の宝庫が廃墟と化したことだ。

「それで、本当にこれを持ち帰るのか?」

局長は眉をひそめ、澈とその手にある純金の神像を見た。

この事件は奇妙な神像から始まり、報酬も神像だ。同じ神像ではないとはいえ、どこか腑に落ちない。

澈は肩をすくめた。

「まぁ、今回の依頼の報酬だしな。何か起きても、ハクイツならいつでも対処できるだろ」

彼がそう主張するのを見て、局長はそれ以上言わず、気をつけるようにと何度か注意するだけに留めた。

澈は神像を持ってふらふらと白記に戻った。ハクイツとK.K.はまだ帰っていない。

「よく見たら、こいつなかなかいい顔してるな」

澈は奇妙な形の神像をいじっていたが、特に異常はなさそうだったため、何気なくテーブルの上に置く。

すると、カツンという音が鳴り、神像がしっかりと磁石に吸い付いた……

「マジか……」


Fin.