タウマース協会の集会
2023-09-23 「無期迷途」運営チーム

Part.01

ニューシティは今も昔も、底辺の人々は懸命に生き、富裕層は欲望を満たすためにあらゆる手段を使う。フランスは車から降り、スーツの袖口にある宝石のカフスボタンを整え、目の前の壮大な建物を眺めた。


(ここがタウマース協会の集会場所か?内装はまぁまぁ洒落ているし、エキゾチックな雰囲気だな)

フランスは頷き、一応ここが高級な社交場であることを認めた。

周囲を見回すと、高級車が次々と停まり、客の地位を静かに示している。彼は、自分を誘ったビジネスパートナーはこの協会の数少ない富裕層の一人だと思っていたが、ここにこれほど多くの富裕層がいるとは予想していなかった。


今日はタウマース協会のオフライン集会開催日で、フランスはそのゲストの一人だった。


フランスは招待された後、この謎の協会について調べた――インターネット上で大々的に宣伝されている組織だ。深海には高度な文明が存在し、その神秘的な海洋エネルギーは人々の心を癒やし、霊性の本質を目覚めさせ、苦しんでいる魂を救うことができると彼らは主張している。

彼らは灰色の肌をした女性を海洋神使と呼んでいる。彼女は動画の中で、まるで本当に深海の生き物であるかのように、想像を絶する行動を数々披露した。動画の中で、彼女は海洋エネルギーと知恵についてや、より眉唾物の霊性や願望の実現などについて話している。


このアカウントを面白半分で見ている人もいれば、これが唯一の救いだと思っている人もいるようだ。フランスは、あまり信じていない部類に入る。

(あまりにも胡散臭い。長年ビジネスの世界にいる私が、こうした宗教に簡単に騙されるわけがない)


しかし、ここへ誘ってきたビジネスパートナーからは大口の依頼を受けており、互いの仲も浅くはないためフランスは誘いを断れなかった。そういった経緯で、今日この会場の外に立っているのだ。彼は入り口に駐車している別の高級車を見て、眉を上げ会場に入る。今日、彼は招待してくれたパートナーに感謝しなければならなかった。

(この集会はあのレベルの大物まで招待できるのだから、金持ちがたくさんいるはずだ。ちょっと交流をしても損はないし、もしかしたら大儲けできるかもしれないぞ!)


その上、彼は裸一貫から財を築いたため、子供の頃はあまり勉強をしておらず、海のこともほとんど知らない。ここを適当に見学すれば、将来社交の場でのネタも増えるだろう。


「ようこそ、フランスさん!」

身なりのいい従者が、ゲストブックに無造作に書かれた名前を見て、ミノカサゴの形をした金属のバッジを手渡し、頭を下げた。

「こちらがあなたの協会認定バッジです。深海の恵みがありますように。あなたの願いが叶いますように!」


フランスは、皆が胸にこのバッジを付けていることに気付き、自分も同じように付けて、その場の一員として溶け込んだ。

彼は周囲を見回す。協会名は非常に胡散臭いが、いくつか特別な装飾と照明がある以外は普通のパーティーのように見え、人々は飲み物を手に周りに話しかけている。おそらく社交辞令を交わしているのだろう。

フランスはワイングラスを手にし、最初にコミュニケーションを取るグループを探し回る。ここにいる人々は皆どこかおかしい。彼らの顔は一際やつれているというのに、目には光があり、人と話す時はとてもテンションが高く明らかに興奮しているのだ。


「あら、新入りさんかしら?お会いするのは初めてですよね?」

高貴な雰囲気の女性が近づいてきて、フランスに挨拶をする。

彼は顔を向け、こう思った。

(あなたは私を知らないだろうが、私はあなたを知っている!繊維業界の大物の一人だ!少し前に弟を亡くしたばかりの!)

彼はすぐにビジネスシーンで使うお決まりの笑みを浮かべて答える。

「どうも、フランスと申します。今日ここに来たのは……」

「分かっています、分かっていますよ」

相手は彼の話を遮った。

「あなたの悲しみについて尋ねるつもりはありません。今日、私たちは深海の洗礼を受け、浄化されるのです。私たち全員が深海の恵みを受け、願いを叶えられますように!」

彼女はこう言ってフランスにグラスを掲げ、笑顔でシャンパンを飲む。

フランスも笑みを浮かべながらシャンパンを飲んだものの、内心戸惑っていた。

(私に悲しいことなどないが?)


「フランス、やっと来たか!」

心中で不満をこぼしていたフランスを我に返らせたのは、彼をこのパーティーに誘ったビジネスパートナー、モンアンだった。フランスはすぐに笑顔で挨拶を交わし、モンアンと喋り始める。

フランスはようやく、ここにやってきて信者になる人々は、それぞれ願いを持っていることに気付いた。障害を負った身体を元に戻したい、借金から逃げてやり直したい、過去に犯した過ちを帳消しにしたいなど様々だ。

フランスは信じられないといった様子で言った。

「叶うわけないだろ。ここに来て、なんとかって海に頼ることに何の意味がある?」

「声を抑えろ!」

モンアンがいきなり真剣な口調になった。

「他の人に聞かれないよう気をつけろよ。深海や協会に追放されたらおしまいだ!永遠に俗世のことに悩まされるんだぞ!」


モンアンは語気を緩めて、こう続ける。

「本当に友達だと思っているから君をここに招待したんだ。信じてくれ、深海のエネルギーは素晴らしいんだぞ。俺の古い友人は、前まで息子さんの事故のせいで1日中ぼんやり過ごしていたんだ。悲しみのあまり聴力がかなり低下して、耳が聞こえなくなったらしい。その後、深海の霊に選ばれてオギュギア別館に行った彼が、神使様に会ってどうなったと思う?聴力が回復したんだ!」


「俺のじいさんはアルツハイマー病だろ?でも、まだ遺言状を書いてないんだ。常識に従って、遺産を均等に分けるわけにはいかない。俺に全て譲ると書いてもらわないと。だから神使様にじいさんを正常に戻してもらう必要があるんだ。もし治らなくても、遺言状を書いてからまた病気になればいい」

モンアンの頬は紅潮し、目は輝いている。彼は手をある方向に向けて握りしめた。

「前回の集会で、俺はオギュギア別館に行く意志を示した。今日選ばれるかどうか分からないが、深海に選ばれることを願うよ!」


常軌を逸した話を聞き、フランスはモンアンの頭に何か問題があるのではないかと疑い始めた。

(もし本当に頭がおかしくなったなら、依頼はどうなる?)


モンアンはフランスの表情を見て、彼の肩を叩く。

「分かるぞ、信じてないんだろ。でもそれは、君が深海の力を見たことがないからだ。あの力を見れば、今日ここに招待してくれてありがとうと俺に言うはずだ!」


フランスが何かを言おうとした時、会場の照明が突然暗くなり、淡い青い光が周囲にあふれ出した。音楽はクラシックから水が流れる音に変わり、ほのかに磯の香りが漂ってくる。モンアンが興奮し始めた。

「始まるぞ!会長が祈りを導いてくださるんだ!」


彼の声と同時に、神父のような服装の男がステージに上がる。男の笑顔は、フランスにはビジネス用の作り笑いにしか見えなかった。

「信者の皆さん、深海の霊が恵みを与えてくださいますように。我々の願いが叶いますように!」


その場にいるゲストたちは声を揃えて繰り返す。

「深海の霊が恵みを与えてくださいますように。我々の願いが叶いますように!」


続いて敬虔な賛美と祈りが捧げられた。壁にある大きなスクリーンに美しい賛美歌の詩が映し出され、会長に続いて全員が一字一句朗読していく。フランスは目の前のその光景を呆然としながら眺めた。誠意と渇きに満ちた声があちこちから上がって会場に響き渡る。彼は何とも言えない心地良い旋律と深遠さを感じた。


「私たちは皆、深海の民です」

「ですが哀れにも、この俗世の中で苦しんでいます」

「しかし、深海は決して私たちをないがしろにはしません」

「私たちが一つになって前進し、精神が一つになる時」

「必ず深海の加護を得られるでしょう」

……


祈りは約15分間続いた。そして会長が1枚の紙を取り出した瞬間、その場にいた人々が少しざわめき出す。

「皆さんも待ち望んでいるでしょうが、今回、神使様の導きを受けられる方々のリストが私の手にあります。名前を読み上げられた信者の方々は、私と共に神使様に会いにオギュギア別館へ行き、深海の祝福を受けましょう!」


万雷の拍手の中、会長によって名前が読み上げられていく。その中にはビジネスパートナーのモンアンを含む多くの著名人も含まれていた。名前を読み上げられた者たちは歓喜し、観衆の拍手と羨望に包まれながら、胸を張ってステージに上がる。


フランスはその光景を理解できなかった。しかし、周りの何人かに不思議そうな視線を向けられたため、彼も他の人々と同じようにステージ上へ拍手を送り、祝福する。




「お越しいただきありがとうございます、フランスさん」

会長は玄関先で招待客と一人ずつ握手をして別れを告げ、去り際にフランスと握手をしてこう言った。

「深海は全ての民を愛します。あなたも深海の導きによる魂の安らぎと昇華を感じられますように」


フランスはプロフェッショナルな作り笑いを浮かべて頷く。

「海の力は本当にすごいですね」


会長は、フランスに微笑んでこう返した。

「人類が海から陸に移り住んだ後、その霊性は徐々に失われ、世俗的なものが無防備な魂を取り囲み、魂は痛みや悩みに苛まれるようになりました。しかし、深海は常に私たちの魂の故郷であり、温床なのです。人間が魚のように深海の抱擁に飛び込む時、魂の奥底にある力が呼び覚まされ、苦しみが和らぐ。そして私たちが魚の群れのようにまとまり、一丸となって前進する時、想像を絶する困難を乗り越えられるのです」


「ですから、困った時は深海の仲間に目をお向けなさい」

会長はそう言った。


フランスはぼんやりとしながら受け答えし、何かを考えながら去っていった。



会長が休憩室に戻り、豪華なベルベットのソファに座ると、美しい人影が彼の手の横にシャンパンを置いた。

「会長、今日はご機嫌のようですね。魚は釣れましたか?」


会長は目の前の若い娘に視線を向ける。灰色の肌はかすかに真珠のような輝きを放ち、厳選された服を着ていると更に神秘的で独特に見えた。信者たちにとっては彼女は優しい神使様だが、会長にとっては貴重な金のなる木だ。会長は彼女に答える。

「今日、金持ちの商人が来たんだが、会場に入った瞬間、深海エネルギーを信じていないような顔をしていてな」


「だが心配はいらん。全て俺の計画通りだ」

会長は目を細めて微笑んだ。

「彼は魚になるだろう」


Part.02

「今月の業績がこんなに悪いのに、君たちは何をしているんだ!」

フランスは怒って従業員の足元にファイルを叩きつける。 その様子をちょうどオフィスにやってきたモンアンに見られたため、フランスは疲れた表情で革張りの椅子にもたれながら、手を振って従業員をオフィスから追い出した。


「親愛なる友よ、こんな朝早くから君を怒らせたのは誰なんだ?」

モンアンの問いにフランスが答える。

「誰かに顧客を奪われたんだ。依頼が半分以上減っている。最近は運が悪くてな。大口の顧客を奪われたり、残金の支払いが長引いたり」


モンアンは眉をひそめた。

「誰かにターゲットにされていると、なぜチャットグループで言わなかったんだ?そいつは君のビジネスに目をつけて、その一部を手に入れようとしているに違いない」

モンアンが言ったチャットグループとは、タウマース協会メンバーのチャットグループだ。最初の集会後、モンアンはそこにフランスを招待していた。フランスは時々そのグループでチャットをしていたが、その際に助けを求めている人をよく見かけ、他のメンバーはその人を熱心に助けていた。

「これは些細な問題じゃないだろう。助けてくれる人も多くないはずだ」

「そんなわけないだろ!?タウマース協会はお互いに助け合うものなんだぞ。深海の民が十分じゃない今、協会に入ったら、団結して一人一人の仲間を守らなきゃならないんだ!」

モンアンは当然のようにそう言った。

「しかも協会の仲間が狙われているなんて、協会の顔に泥を塗るようなものじゃないか?メンツのためにも、君を狙うこの同業者のことを解決してやるよ!」


これを聞いたフランスは、最近起きた出来事についてグループで話した。案の定、モンアンの言う通り、誰もが躊躇うことなく彼に優しさを示してくれる。

「残金の支払いが遅れた奴の住所を教えてくれ!探しに行く!3日以内に必ず返済させてやるから!」

そう言ったのは、フランスの会社周辺の顔役だ。

「あなたの顧客を奪っているのは誰!?私たちの仲間を狙うなんて、命知らずね!」

これは富豪の女性からの言葉。

「こんなビジネスをしていたのか。早く言ってくれたら、あなたと取引したのに。いいものをよそ者には渡さない!」

この人は商人をしている。

……


数日以内に、フランスの元に全ての依頼と金が戻ってきた。更に以前と比べ、大口の依頼がいくつも入ってきたのだ。彼自身と会社の価値も上がり、長者番付の順位も大きく上がった。彼はオフィスの席につき、目の前のレポートの数字を満足げに眺めながら、無意識に胸のミノカサゴのバッジに触れる。


今、協会への入会は、ニューシティのあらゆる業界のあらゆる階層に仲間がいることに等しい。仲間同士で助け合い、一人ではできないことも、今では難なく成し遂げられる。

彼は思った。タウマース協会に入れて本当によかったと。




その日、フランスは早起きをして意気揚々と集会に向かった。


グループの他メンバーを助けたことで、彼はより高ランクの称号を手に入れ、深海の浄化と洗礼を受ける権利を得たのだ。浄化の儀式を受けると、仲間の心身はより霊性を得て、更に高い次元へと踏み出すことができる。それだけでなく、この儀式に参加できること自体が名誉の象徴でもあった。

更衣室にいたフランスは、協会から配布された礼服を身にまとい、ミノカサゴのバッジを胸にきちんと付けた。タウマース協会のオフライン集会に参加するのは、今日で4回目だ。最近、彼は仲間たちがバッジを付ける時に感じる誇りをますます理解できるようになっていた。


着替えを終えたフランスが出てくると、ちょうど会長が彼に向かって歩いて来た。

「フランス、最近はどうです?よく眠れていますか?」

会長は優しく声をかける。


フランスは微笑みながら答えた。

「お気遣いありがとうございます。最近はとても調子がいいです。浄化と洗礼を受けるようになってから、夜もよく眠れるようになりました」

本当は浄化と洗礼を受けてから数日間、時々夢を見ていたのだが、彼は口にしなかった。その夢は、ぼんやりとした青い光で満たされ、揺れ動き、優しく魅力的で、子供の頃に祖母のロッキングチェアに座った時のような心地良さだった。


「おや?おめでとう。それは深海の霊があなたの帰還を察知し、祝福の光を当てた証拠ですよ!」

会長は胸の前で手を握り、目を閉じて恭しく言った。

「深海の恵みに感謝を」


これは、出会った時、会話が終わった時、別れの時に必ず言う言葉であり、仲間同士の千の言葉が深海の霊への感謝になることを意味している。フランスも目を閉じ、「深海の恵みに感謝を」と返した。


会長は、フランスが他の信者たちと同じく無意識に返答するのを見て、喜びの表情を浮かべる。

「機会があれば、ぜひ我らの神使様に会ってみなさい。彼女はエネルギーと知恵を携え、深海から私たちを救いに来てくださったのです。もし、あなたが神使様の導きと啓示を受けることができれば、どんな苦難も乗り越え、どんな願いも実現できるでしょう」


フランスの脳裏に、仲間たちの様々な苦しみや祈り、そして温かく優しい姿が浮かび上がる。彼はこう問いかけた。

「本当にどんな願いも叶うのでしょうか?」


「もちろん。深海の力は無限大です」



浄化のプロセスはシンプルで、人々は床に座って手を合わせる。目の前を流れる幽玄な青い光と、耳に届く打ち寄せる波の音で、脳が徐々にリラックスし、安定感と快感が自然と湧いてくるのだ。参加した人々は、毎回儀式の最中、以前にも増してリラックした気分になる。フランスも同様で、浄化が終わると満足感を得ていた。


浄化の後には互助会が開かれ、信者たちが輪になって不幸な体験を語り合い、深海の慈悲を祈る。時には信者が互助会で人を助けることもあるが、最大の功績は深海にある。

もし深海の存在がなければ、人々はどうやってこの団結した仲間たちに出会えただろうか。深海の民の名において仲間の願いを叶えられるのは、彼らにとっても名誉なことなのだ。


ある人が言った。

「妻も子供も交通事故で私のもとを去り、今はただ毎日が生きる屍のようです」

「俗世には常に様々な恐ろしい災難があり、それが天災であれ人災であれ、避けることはできません。 深海の抱擁を受け、俗世から離れれば、この世の苦しみから解放されるでしょう」


ある人が言った。

「事業をしていた頃、多額の借金を抱えていました。今ではブラックリストに載っているだけでなく、妻と子供たちに私の金を全て持ち去られそうになっています」

「深海は、富や健康、幸福のためであろうと、全ての信者を庇護してくださいます。深海の祝福を受け入れれば、問題や困難は一つ残らず解決されるのです」


ある人が言った。

「大切な娘がいなくなりました。数年前、人身売買業者に誘拐されたんです。毎日探していますが、まだ見つかりません」

会長は周りを見回し、優しく告げる。

「数には力があります。これだけ多くの仲間がいれば、娘さんを見つけるチャンスは十分あるでしょう。心配しないでください。私たちは深海の民であり、信者は皆、あなたと共に困難に立ち向かいます。これほど大きな協会が人探しもできないようでは、深海の恥ではないですか?」


「そうよ!私たちみんなで手伝うわ!」

「人身売買業者はどんな奴だ?兄弟総出で探してやる!」

「私たちの協会は人も多く、大物もたくさんいる!人を見つけるのは簡単じゃないか!」

フランスは周囲から上がる声に耳を傾け、改めてこの集団の一員であることを喜んだ。彼もこう続ける。

「娘さんの写真を送ってくれたら、うちの従業員に言って全店舗に行方不明者の張り紙を貼らせるよ」


「仲間を助けることは霊性修行において非常に重要です。事件が起きるたびに深海の支持を得やすくなりますよ」

会長はそう言って喜びの表情を浮かべた。


次はフランスが経験を語る番だ。その場にいる誰もが彼をじっと見つめる。実は人に誘われて入会したこともあり、彼にはもともと強い願望がなかった。しかし、つい先日会ってきた祖母のことを思い出し、試しに話してみることにした。

「私の祖母は、事故で植物状態になってしまいました。事故の日、祖母と喧嘩をした私は息抜きに一人で出かけたんです。歩いていると、喧嘩をしている数人のコンビクトと出くわしてしまいました。その時、私を探しに来た祖母が私を庇って……」


これはフランスの長年の悩みだった。祖母との喧嘩や目の前に立つ人影が何度も彼の睡眠を奪った。何年も経ってもう消化できていると思っていたが、再び話すと思わず動揺してしまう。

「医者を探すのに大金を費やしましたが、どの医者にも治らないと言われ、運に任せて彼女が目を覚ますのをただ待っています。ですが、何年も経った今でも彼女はまだ病室で横たわっていて、いつ亡くなってもおかしくない状態です。彼女を生かし続けるために、私は病院にお金をつぎ込み続けることしかできません」


フランスが話し終え、ため息をつきかけたその時、一人の信者が声を上げた。

「兄弟、神使様に頼んでみなよ!俺の古い友達の彼女が植物状態になったんだけど、少し前に神使様の導きを受けたら、何もかもよくなったんだ!彼女はもう目覚めてるぞ!すぐに退院できるらしい!」


「本当か!?神使様が植物状態の人を……でも、多くの医者が無理だと言っているのに!」


会長はフランスの目を見て言った。

「協会を信じなさい。もしあなたが十分に敬虔であれば、深海はあなたの願いを叶えてくれるでしょう」


……


集会の終わりに、会長は今回オギュギア別館に行く人のリストを発表した。これまでと同様、呼ばれなかった者は悔しさのあまり泣きそうになり、選ばれた者は大喜びしている。


「次回の意向調査の受付を開始します!オギュギア別館に行きたい信者の方々は前に来てください」


来場者は次々と志願箱にお金を入れ、リストに名前を書いた。フランスは持っていた現金を全て渡し、美しい筆記体で自分の名前を書く。その目は希望に輝いていた。


「神使様が、私に深海の恵みをもたらしてくださいますように」


Part.03

フランスは行く意志を示したが、オギュギア別館に行ける人数は限られており、何度申し入れても別館に行くことはできなかった。家に帰ってからも、彼は神使様の導きで頭がいっぱいだった。協会と仲間たちを疑わず信じているように、神使様が祖母を治してくれることに何の疑いも持っていない。


仲間たちの例に加え、フランスのビジネスパートナーであるモンアン――いや、今は仲間のモンアンと呼ぶべきだろうが、彼は少し前にオギュギア別館で神使様に会った。帰ってきた後、祖父を老人ホームから家に連れて帰ると、戻って間もなく本当に正常になったという。今は安心して家にいるので、他の子供たちを探しに出かけると言わなくなったらしい。

アルツハイマー病すら治ったのなら、植物状態の人間が治るのも当然だろう。


しかしその話を聞いた彼の家族は信じず、二度と協会と接触しないよう求めてきた。それでも彼は、家族の制止を気にせず大金を持って再びオフライン集会へ向かった。彼は会場を歩き回り、切実な様子で会長を探す。


「フランス、どうしたのですか?私を探しているようですが」


振り返ったフランスは、背後に会長が現れたのを見るやいなや、切羽詰まったように切り出した。

「会長、今まで何度か申し入れをしたのですが、毎回オギュギア別館に行けるリストに私の名前がないんです。深海の支持を得るにはどうすればいいのでしょうか?申し入れ金が足りないからですか?なら、会費を2倍払います!いや、3倍だ!祖母はいつ危篤になってもおかしくありません。これ以上、待ちたくないんです!」


会長はフランスの目に宿る狂った執念のような光を見て、無力さを装いこう答える。

「もし、あなたが本当に神使様と深海の導きを望んでいるなら、私があなたの思いをお伝えしましょう。神使様と深海があなたの敬虔さを感じられるかどうかについては、あなた次第です」


「私は導きと救いを心から望んでいます」

フランスは、まるで自分の命を救う唯一の藁にすがるかのように、会長の手を握りしめる。

「神使様にお会いできるなら、何でも捧げます!」


会長は満足げに頷いた。

「あなたはすぐに深海の恵みを受けられるでしょう」




いつものように浄化の儀式が始まり、会場全体が静謐で穏やかな空気に包まれる。しかし、大きな音がその静けさを打ち破った。


バーン!

「君!招待状なしでは入れませんよ!」

「どけ!」


会場の外から無理やり入ってきた男は、目の前に全く同じ格好をした人々がいることに少し唖然としながらも、全員の顔を見渡す。明らかに誰かを探しているような様子だ。

他の人は男を知らないが、フランスは知っていた。男はフランスの実の弟で、今朝彼が集会に行くのを阻止したのだ。彼はわざと集会場所を教えなかったが、弟がここを見つけられるとは思っていなかった。


フランスは立ち上がって叫ぶ。

「フランダー、何をしているんだ!私たちはここで浄化と洗礼を行っている。お前は深海の静けさを乱しているんだぞ!もしお前の無礼が深海を怒らせ、ばあちゃんが目を覚まさなくなったら、許さないからな!」


フランダーと呼ばれた男も、彼を見て言い返した。

「医者が言ってただろ、ばあちゃんはもう目を覚まさないって。神様でさえ救えないんだ!この組織は何なんだ?救えるわけないだろ!他の人たちはみんな騙されてるんだよ。あんたも騙されるつもりか!?」


不愉快そうに顔をしかめるだけだった信者たちは、不満をあらわにして、次々とフランダーを非難し始めた。

「無礼者め、深海に拒絶されるのも、不幸になるのも当然だ!」

「ここの素晴らしさを私たちは知っている。なぜ部外者のお前に言われないといけないんだ!?」

「深海の霊よ、どうか私たちを責めないでください。この馬鹿者が大騒ぎしているだけで、私たちとは何の関係もありません。私たちはいつだってあなたの敬虔な民です」


フランスの目は怒りで真っ赤になっていた。弟のせいで、協会の中で大恥をかいたのだ。彼は弟に駆け寄り、殴りかかった。

「協会は沢山の信者を孤独や無礼から解放してきた。深海は多くの人生を救ってきたんだ!これ以上、何か言ったらもっと殴るからな。さっさと出て行け!」


「フランス、あんた変わったな。この詐欺組織は害しかない!」

フランダーは傷を押さえながら言った。

「この馬鹿げた組織を信じ込ませるために、どれだけ幻覚剤を飲ませたんだろうな!」


「黙れ!」

他の信者たちもさすがに聞いていられなくなり、彼に近づき暴行を加える。大勢からの攻撃に抵抗できなくなり、結局フランダーは従者に会場から放り出された。


フランスや他の人々はすぐに膝をつき、深海に許しを請うような言葉を口にする。一部始終を演壇から静かに見守っていた会長は、優しく語りかけた。

「信者の皆さん、どうかパニックにならないように。今のはきっと、俗世から与えられた試練だったのでしょう。あなたたちは霊性の修練に耐え、正しい行いをしました。深海はお怒りになるどころか、むしろあなたたちをもっと寵愛するかもしれません」


人々はやっと笑みを浮かべ、浄化を行う位置に座り直す。フランスも安堵を覚えた。まるで先ほどの一方的な暴行に参加していなかったかのように。殴られた相手が実の弟ではないかのように。



フランスは祈りの間とてもリラックスし楽しんでいたが、祈りが終わると、同じくらいに熱望し焦っていた。会長がリストを手にした時、彼は喉に心臓が詰まったかのように感じた。


「次は、今回一緒にオギュギア別館に行く方々を発表します。選ばれた信者の皆さん、おめでとうございます。神使様の導きを直接聞くことができますよ!」


会場は興奮に包まれる。必ず選ばれるようにと切実に祈っているのか、何人もの人々が両手を合わせ、何かを呟いていた。フランスもその中に加わり小声をこぼす。

「私を選んでください、私を選んでください……」


「1人目は、ガビーナ!」

「なんてことなの!私よ私!」

女性がその場で興奮気味に叫んだ。

「深海の霊の恵みに感謝します。やっと苦しみから解放されるわ!」

後半は嗚咽を漏らしながら、彼女は屈み込み跪き続ける。

フランスは、もし自分が選ばれていたら同じように感激しただろうと思った。


「2人目は、シンルボ!」

「俺だ!」

2人目に選ばれたのは、屈強な体躯の男だった。

「やっと神使様の導きを受けられる。やっとこの××社会の色んなくだらないことから解放されるんだ!深海の恵みに感謝します!」

彼は興奮したように腕を振り、空中に数発パンチを繰り出すと、隅で自分の喜びを発散させる。

しかし、自分の名前が呼ばれなかったフランスは喜ぶことができず、嫉妬さえ抱いた。なぜあのような下品で無礼な人間が深海に選ばれるのか。その一方で、なぜ莫大な財を持つ自分のような裕福な商人が何度も失敗しているのか、理解できなかったのだ。

しかしよく考えてみると、これにより深海の平和さと寛容さがより際立っている。

(やはり、深海は最も優しく、最も力強い!)


「3人目、ライナル!」

……


リストから9人目が呼ばれ、フランスは周りの人々と同じく震えが止まらなくなった。心臓が崖の上に立っていて、次の名前を聞いたらそこから突き落とされそうな心地だった。唯一の家族と再びすれ違ってしまうかのように、このチャンスを掴めなければ祖母は治らない。


毎回リストには10人しか載っておらず、もし今回選ばれなければ、また次の集会まで待たなければならない。フランスは両手を合わせ、目を固く閉じ、深海の霊の慈悲を祈った。

(神使様に会うためなら、何でも捧げる!)


「10人目、フランス!」


フランスは一瞬にして目を見開き、信じられないといった表情を浮かべる。会長がもう一度彼の名前を読み上げると、彼はこう叫んだ。

「私です!私がフランスです!本当に選ばれたんだ!深海の恵みに感謝します!」

彼は恍惚として周りの全てを感じる。会長や従者からの祝福の拍手、周囲の人々の羨望の眼差し、耳元に流れる波の音、全てが彼を心地良い気分にさせた。



選ばれた信者たちは何事もなく別館に到着した。皆あらゆることに興味を抱き、別館にいる喜びから深海の強大なエネルギーへの確信を強める。待合室に入ると、わずかに残っていた理性が、湧き起こる尊敬の念によって散っていった。


「ようこそ、信者たち」

薄暗い待合室の中、ぼんやりとした人影が突如大きなスクリーンに映し出された。その灰色の肌が、彼女が深海の神使であるとはっきり示している。まるで神が舞い降りたかのようだ。その声は、全てを受け止めてくれるような、優しく深いものだった。

「どんな不幸に遭遇しても、もう一人で苦痛を抱え込まなくていいのです。あなたたちは深海の懐に、魂の温床に辿り着いたのですから」

ラミアは微笑んで続ける。

「私のもとへ来てください。深海の心のこもった導きをあなたたちに伝えます」


狂ったように拝んだり、泣きながら震えたりする人々を、会長は満足げに見渡した。その中には、数千万の遺産を持つ未亡人や、小勢力のリーダー、そして裕福な商人もいる。

フランスはその中で一緒に喜んでいた。神使様と対面するシーンを数え切れないほど想像してきたが、今日遂にその夢が実現したのだ。扉を開けた瞬間、神の救いの鐘が聞こえるに違いないと彼は思った。


Fin.