パパラッチ日記
2024-07-16 「無期迷途」運営チーム

Part.01

「ファントムエンタメ、最近いい感じじゃねぇか!まーた黒歴史でも掘り起こされたか?あそこのアーティストはマジもんのお宝アーティストだな」

薄暗い部屋はパソコン画面の光だけで照らされている。タディはここ数日の芸能界の情報に目を通し、同業者たちの仕事の成果を確認しながら、慣れた手つきで大量の芸能情報の中から爆発的なニュースになりそうなトピックに丸をつけた。


タディが最近掘り起こした芸能ニュースはかなり小さなもので、大した話題にもなっていない。こうした暴露で得られる収入は、彼が負っている借金を返すには到底足りなかった。つい最近も借金の取り立て屋が来たばかりだ。ニューシティで借りた金は返済期日をいくらでも延ばせるが、シンジケートで借りた金は期日までに返せなければ命と引き換えになる。彼は次こそ大きなスキャンダルを掴もうと決意していた。借金を完済するために刺激的なスキャンダルを狙うのだ。


しばらくネットサーフィンをした後、彼は遂にスキャンダルを掘り起こすターゲットを決めた――ファントムエンタメだ。この芸能事務所は、規模が大きくスター揃いなだけでなく、以前コンビクトが在籍していると暴露されたことがあり、グレーミラーのスレッドは大騒ぎだった。秘密とスキャンダルの温床なのは一目瞭然だ。


ファントムエンタメにはスターが多くいるが、その中でも今最も話題になっているのはもちろんモニカだ。

モニカは、美人が大勢いる芸能界の中でも穏やかな美女として有名で、デビュー作の『怪物の娘』で衝撃的な演技を見せると、たちまち人気に火がつき、それ以来大スクリーンの常連となった。有名になってからは悪い噂もほぼなく、芸能人も、一緒に仕事をするスタッフも、皆口を揃えて「彼女はとても真面目で人付き合いがいい」と評している。ファンには更に友好的で親しみやすく、スターだからと偉そうな振る舞いはしない。彼女のこうした姿勢はファンを虜にし、「親切の女神」「優しい近所のお姉さん」などと呼ばれている。

そして何より肝心なのは、主演映画『晴れの日の恋』の公開が間近に迫っていることだ。プレミア上映会の前にほとんど黒歴史のないモニカのスキャンダルを暴ければ……脅迫材料として彼女のスタッフに送っても、ネットで有料公開しても、大儲けは間違いない。


今人気の女優である彼女にとって、スケジュールはもはやプライベートなものではない。少しネットで検索をすれば、彼女が最近どこで何をしているのかすぐ分かる。

「マジかよ?映画の撮影に商業イベント。2週間のスケジュールのうち、休みは半日だって?大スター様はお忙しいなぁ!」

画面に映し出されたスケジュールは、スターを密かに追うプロのパパラッチたちも驚くほどの充実ぶりだ。

「ちょうどいい。彼女を撮るのにあちこち行かなくてもいいってことだな」

タディはカメラとバッテリーをまとめると、モニカの撮影している場所へと急いだ。




数日間、撮影現場を張っていたタディは読みが外れたと思っていた。想像以上にモニカのスキャンダルを撮るのが難しかったのだ。連日、撮影現場を監視してみたが、ニュースになるような出来事は全くなかった。


モニカの日常はとても退屈だった。彼女の1日は、ホテルから映画の撮影現場に行き、またそこからホテルに戻ってくるというものだ。一時的に外出するのも、別の仕事がある時だけだった。

タディは刺激的な場面を撮るため、撮影現場に忍び込んだことがある。しかし苦労して中に入っても、撮影できるものは更に少なかった。

仕事の能力という点では、モニカの演技は優れていて、撮影中はまるで別人のようだった。こっそり近くで見ていたタディも唖然としたほどだ。他人との接し方についても、彼女は遅刻も早退もせず、偉そうな態度を取ることもない。「親切の女神」という呼び名も偽りではないようだ。1日の撮影が終わると、彼女は疲れているにも関わらずスタッフと談笑し、時には皆に飲み物を奢ることもあった。スタジオの外で待っているファンに会えば、できるだけ一緒に写真を撮ったりサインをしたりし、帰る前には「気を付けてくださいね」と呼びかけている。

芸能界に長くいるモニカにずっと悪い噂がない理由が分かった。彼はここ数日自分の目で確かめなければ、この時代にこれほど愛想のいい人間がいるなど信じられなかっただろう。


しかしどれほど親切でも、今日モニカのスキャンダルが見つからなければ作るしかない。

『晴天の恋』のプレミア上映を数日後に控えている今、最も注目される宣伝期間を無駄にしてはならない。このチャンスを逃せばここ数日の張り込みが水の泡になるだけでなく、借金も返せなくなるのだ。昨夜、取り立ての手紙が届いていた。嘘でもスキャンダルをでっち上げなければならない。


今日モニカは映画のプロモーション撮影があり、タディは現場の外で待ち伏せし、車で尾行して撮影する準備をしていた。しかし、時間になってもモニカが現場から出てくる様子はない。そして彼は、代わりに別の興味深いものを目にした。撮影チームの監督が、見知らぬ女性を抱いてセットの隣のホテルに入っていったのだ。


「ん?あの監督の嫁ってあんな体型じゃなかったよな。普段はあれだけおしどり夫婦を演じといて、撮影中に浮気かよ。監督なんかやってないで、役者になりゃいいのに」

プロ意識からタディは何気なく数枚写真を撮ったが、女性の顔は監督が隠していたため写すことができなかった。少し残念ではあるが、タディは気にしなかった。あの監督レベルのスキャンダルでは、ほんのわずかな収入にしかならない。タディは変わらずモニカに期待を寄せていた。


「なんでまだ出てこないんだ?プロモーション撮影が中止になったとか?そんなはずねぇんだけどな」

タディが素材を心配していた時、モニカが慌てて撮影現場から飛び出してきた。彼女はドレスバッグを抱えており、その後ろをスーツケースやメイク道具を持った何人かのアシスタントが走っていく。彼は素早く写真を撮ってカメラでモニカを追い、彼女が後ろの人々と一緒にスタジオの隣のホテルに入るまでシャッターを切り続けた。

恐らく撮影が押して、次のスケジュールに間に合わせるために急いでいたのだろう。しかし、撮影現場は人が多く皆忙しくしていて、イベントレベルの繊細なメイクをするのに向いていない。そのため、近くのホテルで準備することにしたようだ。


タディはカメラの中の写真に目を通した。パニック状態で走っている時でさえ、カメラの中のモニカは驚くほど美しい。しかし、この美しさもタディの役には立たない。彼はため息をついて写真を切り替えた。そして画面に映し出された監督と見知らぬ女性を見て、彼は数秒固まり、ニヤリと笑う。

「大当たり!」

彼は両手をこすり合わせ、カメラをホテルの玄関に向け、ホテルから出てくるモニカの鮮明な写真が撮れるのを待った。

「へへ、男と出てくる写真を撮れたらもっと完璧だ!」


それから30~40分後、1台のバンがホテルの正面玄関に停まった。明らかにモニカが出てくるシグナルだ。タディは気を引き締め、ホテルの玄関にカメラを構える。

モニカがホテルから出てきた。衣装を着替えた彼女は、連日の密度の濃い撮影のためか少し疲れているように見えたが、それでも微笑みながらメイク担当と何か仕事の話をしているようだ。それからしばらくして、彼女とアシスタントはバンに乗り込み去って行った。


この一連は当然、高性能カメラによって可能な限り記録された。


残念ながら本物のスキャンダルではないため、モニカのスタッフに金を要求することはできない。しかし、こうした曖昧な写真をネットにアップすればそれなりに稼ぐことはできる。身の安全に関しても、心配する必要はない。グレーミラーに投稿すれば、サイトの機密性が隠れ蓑となる。モニカのスタッフが投稿者を特定することはできないので、責任を問われる心配もないのだ。


「スターには悪いが、最近マジで金に困ってるんだ。あんたはネット民に罵倒されるだけだが、俺は借金取りが家に来るんだぞ」




その日の夜、グレーミラーに「モニカが監督と同衾か?」という新しい投稿が掲載された。

同時に、監督が見知らぬ女性を抱えてホテルに入っていく写真と、モニカが服を着替え疲れた表情で去っていく写真も投稿された。


「なんということだ!普段清楚で優しそうなモニカが、実は撮影中に何度も監督とホテルに出入りしていたなんて!とても親密そうで、見るに堪えなかった!つまり……言わなくても分かるだろ!」

「真実は写真にある!モニカレベルになると、キャスト用の高級ホテルに一人で泊まるから、撮影スタッフと同じところには泊まらない。写真のこのホテルは撮影スタジオのすぐ隣で、監督がスタッフ用に貸し切ったものなんだ。調べたらすぐ分かったよ」

「監督が貸し切ったのはホテルだけじゃなかったってことだ。彼女と監督の関係って……うわー、センシティブすぎる。芸能界で知ってる人も少ないんじゃないか?」

「職を失う危険を冒して話したんだ。更なる秘密は、金を貰わないと言えないな」


投稿されるやいなや、モニカの名声とゴシップを楽しむネットユーザーの心理から、アクセス数はどんどん上昇した。スレッドの議論に参加する人数が増えるにつれ、ゴシップを読むために金を払う人も増えていく。

スレッドにあったモニカファンの発言は、すぐにモニカを批判するコメントに埋もれた。コメントする人、画像を保存する人、金を払ってスキャンダルを見る人などが一気に群がる。粛清者のカーニバルが始まった。


Part.02

人々は常に、高嶺の花が泥に落ちるところを見るのが好きだ。

普段から評判のいいモニカに突然こうした投稿が現れると、ゴシップ好きな大衆は当然群がる。鍵のかかった投稿を見ようと金を払う人を増やすため、タディは「関係者」として、真実味を帯びた 「事実」をどんどんでっち上げていった。例えば、モニカが撮影現場で他のキャストをないがしろにして演技力を誇示していること、親切に見えるが全部演技であること、映画の主役になるためなら何でもすることなどだ。その一方で、彼を驚かせたのは監督の妻の動向だった。彼女は監督の浮気にずっと前から気付いていたようだったが、浮気相手が誰なのか分からなかったらしい。なんとその妻までスレッドに加わり、議論の波を更に高めた。


「今の時代、いい人なんているわけない。全部、演技と台本だ」

「彼女がいつも猫被ってると思ってたのは私だけ?」

「フィルターが砕け散った!彼女はこうやって『晴天の恋』の主役を手に入れたのかもな」

「だから言ったでしょ!私の大好きな女優さんの方が明らかに彼女より格上なのに、脇役だったの! きっと、汚い方法で主役の座を手に入れたのよ!」


悪評に紛れて、モニカを擁護し反論するファンもいたが、何千ものコメントを前にして彼らは無力だった。この投稿が数日間くすぶった後、モニカのスタッフとファントムエンタメが釈明し、弁護士からの警告文まで出された。しかし、グレーミラーではプライバシーが保護されるため、彼らは投稿者を突き止めることができなかった。


タディはこの件に関して全く心配しておらず、スレッド上の戦いも気にしていない。ファンとアンチが口論すればするほど、投稿が更に注目されるはずだからだ。彼が今、憂慮しているのは別の問題だった。

興味のある人たちは既に有料コンテンツの第一波を読み切っており、アンロックされた情報もテキストばかりで真実味に欠ける。炎上させるならやはり写真の方が効果が高い。この投稿に更に注目を集めるなら、別の写真を撮るしかないのだ。


タディはとりあえずスレッドのことを脇に置き、モニカを監視し続け、使える写真が撮れることを祈った。


しかしモニカのスケジュールは最近も特に代わり映えしない。ただ、いつも元気がなく、目は赤く、撮影現場で何度もNGを出し、人と話す時だけ無理に笑顔を作っている。仕事へ行き帰りする際は、周囲にボディーガードらしき人が数人いた。タディは最初、盗撮を警戒しているのだと思ったが、数日間後を追った結果、別の人物を警戒していることに気付いた。


ここ数日、グレーミラーでの粛清は現実世界にまで及んでいる。自分たちが本当に「正義の使者」だと思い込んでいる人々が、写真やサインを求めるファンに紛れ込んで撮影現場の入り口に潜んでいるのだ。以前は退屈なほど平穏だった彼女の通勤時間も、今では悪意に満ちている。モニカは突然石を投げつけられることもあれば、サインした写真を渡した瞬間に目の前で破かれることもある。更には、撮影現場を出た途端に「モニカは芸能界を去れ!」と拡声器が鳴り響くことまであった。

ファンの攻撃はモニカを最も傷つけているようだった。タディは彼女の状態が日に日に悪化していくのを見ながら、言いようのない罪悪感を抱いていた。結局のところ、一番真相を知っているのは彼なのだ。



この日、モニカが撮影現場を去ろうとした時、一人のファンがサインを求めて近づいた。ボディーガードとアシスタントが止めようとしたが、モニカはそれを制してこう言った。

「大丈夫。この人は昔からのファンなの。彼を信じてるわ」

彼女は微笑みながらペンと紙を受け取ったが、そのペンを握った途端、側面から刃が飛び出した。「ファン」はその瞬間を見てペンを引き抜き、一瞬にしてモニカの手を大きく切り裂く。タディは高倍率カメラ越しに、血が徐々に垂れていくのを見た。


モニカは叫び、信じられないという様子で相手を見る。

「なぜこんなことをするんですか?あなたとは何度もお会いしてますし、つい最近も私のファンになって8年目になるって言ってたばかりなのに。あなたも私を信じてくれないんですか?」


「長年ファンだったからこそ怒ってるんだ!あんたを好きになったことは俺の人生の汚点だ!クソ!」

相手はそう言い、モニカを強く押す。アシスタントとボディーガードが支えなければ、モニカは地面に倒れていただろう。


「なに猫被ってるんだ?誰に見せるために罪のないか弱いふりしてるんだよ?そんなに演技力があるなら、まともに仕事すればいいのに、どうして監督と不倫なんか!ファンはあんたを大切にしてきたのに、あんたはそれを台無しにしたんだぞ!」

「信じてください、私はそんなことしていません。ネット上の噂は嘘なんです。写真に写っているのも私じゃありません!」

「やってない?なら、監督の妻があんなこと言うわけないだろ!本当に気持ち悪い、死んじまえ!」

モニカはその場で呆然と固まり、声も出せないでいた。ボディーガードがモニカの前に出て、大声でアンチたちに向かって叫ぶ。

「下がりなさい!こちらは意図的に傷つけるような行為を追及する権利があります!立ち去らないなら、すぐに通報しますよ!」

「ふん!モニカ、覚えてろよ!」


アンチは暴言を放ち、走って逃げていった。モニカは心の支えを失ったようで、泣きながら顔を覆っている。傍にいるアシスタントは慰めの言葉をかけているようだ。


タディはカメラを持ちながら素材を撮るのを一度止め、このまま撮影を続けるかどうか考える。

しかし思いがけず、帰る前にモニカから声をかけられた。


モニカは涙を拭い、彼を見て笑顔で尋ねる。

「こんにちは、私にご用ですか?」

「ええ、まぁ……」

タディは気まずそうに返事をする。盗撮しに来たとは言えないので、しぶしぶこう返すしかなかった。

「あなたのファンなんです」


「モニカさん!気を付けてください。この人もさっきと同じような……」

隣のアシスタントが心配そうにタディを追い払おうとしたが、言葉の途中でモニカに手を押さえられた。

「でも、もし彼が本当にファンだったら?私を傷つけるつもりがなかったら?私のファンがみんな、あの人のような人ばかりじゃないと思うわ」

モニカはタディの手にあるカメラを見て、こう尋ねた。

「一緒に撮りましょうか?」


「えーと、サインが欲しくて」

手にしたカメラは決して彼女に渡してはならないため、タディはそれらしい言い訳をした。

「カメラは充電が切れてるんです」


「それは残念ですね。でも幸い、サインペンは充電が切れたりしないですよ」

モニカはリラックスしたように振る舞って冗談を言い、その場の雰囲気をできるだけ明るくしようとしていた。アシスタントは、ファンが用意した物をモニカに使わせようとせず、急いでペンと紙を取り出す。モニカはサインしながら言葉を続けた。

「応援ありがとうございます。あと数日で私が出演している『晴天の恋』が公開されるので、ぜひ観てくださいね」


長年パパラッチをしてきたタディは、裏表のある芸能人に数多く会ってきた。彼は、モニカの攻撃性や防御性のなさ、そして「ファン」である自分との会話から誠実さを感じ取った。もし他の芸能人が同じ目に遭ったら、すぐに周囲に八つ当たりしていただろう。チヤホヤされてきた芸能人はもちろん、一般人でもこんなことをされれば怒りをぶつけるに違いない。


タディが「応援してます」と言おうとした矢先、ある声が少し落ち着いてきた雰囲気を再び緊張させた。


「悪徳タレントめ消えろ!」

「あ!」

先ほど去ったはずのアンチが再びやって来て、どこから持ってきたのかバケツ半分ほどの水をモニカたちにかけた。モニカは身体の半分も濡れている。その場の誰もが、普通の水でよかったと思った。もしもっと危険な液体だったら、悲惨な結果になっていただろう。タディも水を被ってしまい、怒りをあらわにする。

「何してんだ!頭イカれてるんじゃねぇか!?」


「はっ、今でもサインを求めるファンがいるのか?やっぱりファンもタレントと同類だな。モニカは恥知らずだし、ファンは頭がおかしい」

「そんなこと言わないで!」

普段から他人に優しく接していたモニカが、いつになく無礼に口を挟んだ。

「私のことを嫌いでも、憎んでもいいけど、だからって私を好きでいてくれる人を傷つけないで」

タディは自分の横に立っているモニカを見た。彼女の服はほとんどびしょ濡れで、明らかに怯えている。それでも自分を傷つけたばかりの相手に勇敢に反論していた。

アンチも凍りつき、しばらく口ごもった後、「口先だけな奴」とこぼす。


タディは眉をひそめて口を開いた。

「もうあんたの写真は撮ったから、帰らなかったらネットに晒すぞ」

その言葉を聞いて、アンチは不自然に口を歪めた。ボディーガードが電話で何か話しているのを見た時、彼は既に逃げ出す算段だったようだ。 彼は冷たく鼻を鳴らした。

「悪人どもがグルになりやがって。今日はこのへんにしてやる!」


アンチが惨めに立ち去った後、全員が安堵のため息をついた。モニカは服を整えてタディにこう言った。

「助けてくれてありがとうございます。でも、カメラは充電切れだったんじゃ?」

「あっえーと、ただ脅しただけで、本当に撮ったわけじゃないんです」

モニカは微笑んだ。

「あなたも演技がお上手ですね。役者になってみたらどうですか?でも、本当に撮っていたとしても、彼の写真をネットに載せちゃダメですよ」

「どうしてですか?」

「知ってると思いますけど、私は最近……その、ネット上で多くの人から叩かれてるんです。とてもいい気分ではありません。ネットにアクセスすると、すぐに否定的なコメントで溢れるんです。ここ数日は、仕事の行き帰りにアンチの人とも遭遇しました。近づいてくる人が何をしたいのか分からない、応援してくれていた人が自分を傷つけるかもしれない。こんなこと、恐ろしすぎます……」

モニカは目を伏せて一度言葉を止め、再び温かい声で続けた。

「だから、他の人にこんな風に傷ついてほしくないんです」


「あなたはどうなんですか?」


「私は……私はまだ頑張れると思う」

モニカはまるで周囲の人と話しているように、あるいは自分に言い聞かせているように、そっと言った。

「私は噂のようなことはしていません。時間が経てば、私がどんな人間なのかみんな分かってくれると思うんです。それに私には、あなたように私を信じて応援してくれるファンがいます。いつも私を支えてくれるファンのためにも、もっと強くなろうと思います」


モニカは再び優しい笑顔を見せた。

「今日はお会いできて嬉しかったです。ありがとうございます」




タディは去りゆくモニカの背中を見て、これ以上彼女からスキャンダルを掘るのはいささか残酷だと感じた。

(ここまでにしよう。前回の投稿で金は稼げたし借金も返せた。帰ったら投稿を削除して、この炎上からモニカを解放する手立てがないか考えよう)


だが感情や世論の方向は、誰かが簡単にコントロールできるものではない。

グレーミラーの投稿は手に負えなくなり、悪質なコメントが殺到していた。今、投稿を削除しても、雨後の筍のように次々と投稿が湧くのだからどうしようもない。アンチはスキャンダルを撒き散らし、その流れに乗った者は義憤を覚え、炎上に便乗する者は彼女の窮状につけ込んで痛めつける。モニカとは何の関係もないにも関わらず、無数の人々が画面越しに悪意を持ってモニカを非難する。


タディは眉をひそめて下にスクロールし、あるリンクを見て不吉な予感を覚えた。それをクリックしたタディは、悔しそうに俯く。


モニカを助けるためにできることはもう何もないところまで来ていた。モニカはグレーミラー投票にかけられており、劣等票が87%にまで上がっている。彼は、まるでモニカが火あぶりにされるのを見ているようだった。


「劣った人間は劣等票を入れられて当然だ!」


Part.03

N.F.114年4月4日。

ニューシティから正式に発表があり、ソーシャルプラットフォーム「グレーミラー」が閉鎖された。


完璧な投票の入り口はもはや存在せず、投票に参加した人は犯罪に加担したとして、ニューシティ治安局から責任を問われることになった。投票によって排除されたユーザーも復帰し、誤解や中傷を受けたユーザーは全て追跡調査と公正な審判を受ける。この中には当然モニカも含まれていた。


著名な芸能人であるモニカは、復帰者リストの中でも特に注目されていた。しかし、彼女はまるで蒸発したかのように、プロモーションが中断され、情報も遮断され、しばらく世間の目から姿を消した。


それでも、彼女が姿を見せなくなればなるほど、人々は彼女の身に何が起きたのか関心を寄せる。排除され後遺症が残ったのか、それとも大々的に宣伝するためあえて沈黙しているのか。この好奇心は、はけ口が見つからないまま、結局既に上映されている『晴天の恋』に移った。

以前の投票事件の影響で、『晴天の恋』のプレミア上映会には主演女優が欠席するという珍事が起きた。しかし、モニカがもたらした話題性の高さは十分な影響力を持ち、様々な考え方を持つ多くの人々が、この映画を楽しむために映画館に足を運んだ。興行成績の上昇により映画はランキングの上位をキープし、主演女優モニカの繊細で心に響く演技もより多くの観客を魅了し、満場一致の称賛を浴びた。


「調査結果はまだ出てないけど、あんなに実力のある美女が監督に媚びる必要ないでしょ?有名だし」

「そうだよ、あの2ショットは女の人の顔すら写ってなかったし、誰とでも言えたよな。なんでみんなモニカだって確信してたんだ?」

「うううモニカちゃん演技上手すぎ!泣きそうだった!無実な人は何も言わなくても濡れ衣を晴らすんだよ。信じてるからね、治安局の発表を待ってる!」


世論の流れは変わり始めたが、依然としてモニカは現れなかった。モニカのスタッフとファンクラブが発表した応援声明以外、彼女の情報はない。


タディが再びモニカの情報を聞いたのは、『晴天の恋』の上映期間が半分ほど終わった頃だった。それは偶然モニカに会った同業者から聞いたものだ。彼女の動向はとても秘密めいていると言われており、同業者の鋭い目がなければ見つけることはできなかっただろう。


タディはメッセージに書かれた住所を訪ねた。どうやらモニカの新居らしい。数日間マンションの下で張り込み、ようやくモニカを見つけた。


モニカは平凡な生活に戻ったようで、表面上は落ち着いて見える。日中はほとんど外出せず、たまにサングラスと帽子を被って生活必需品を買いに出かける程度だった。夜になると、下の公園で散歩する姿も見られる。歩く時はいつも人混みを意識的に避け、どうしても避けられない時はすぐに通り過ぎていた。


モニカの無事を確認してタディの罪悪感と不安はようやく落ち着き、「自分が殺人に関与したのでは」という考えも消え去る。彼は安堵して立ち上がったが、その場を去ろうとした時、公園に向かっていたモニカとばったり出くわしてしまった。


排除される少し前に話をしたせいか、それともスキャンダルが飛び交っている間も応援してくれたファンだと認識していたせいか、モニカはタディのことをよく覚えており、すぐに思い出した。


「あなた!」

モニカはこの場で偶然出会ったことに少し驚いたようだ。

「偶然ですね、お久しぶりです」


「お久しぶりです」

タディは頭をかきながら、また予期せぬ会話が生まれてしまったと思いつつ、何気なくこう続けた。

「最近、調子はどうですか?」

「悪くないと思います」

モニカは笑顔で返す。

「最近はよく休めたので、先輩たちの作品をいっぱい見て、演技の表現について色々と考えられました」


「いえ、俺が聞きたいのは、えっと……」

タディはもう少し遠回しな言い方をしようと、少し考えてから続けた。

「身体の方は大丈夫ですか?あの投票は、最終的にスマホから死瞳が出てきて人を食べるって聞いたんですけど、本当ですか?あなたは大丈夫ですか?」

「それは……すみません、この件は何も話せないんです。治安局に聞いてみてください」

この話題を避けているのか、本当に情報を広めることを禁止されているのか分からないが、モニカは詳しく語らなかった。

「でもこれだけは言えます。私は今、元気ですよ。後遺症もないと思います。逆に、もう一つの事件の『後遺症』はまだちょっと深刻なんですけど……」


タディが更に質問しようとすると、モニカが先に口を開いた。

「そういえば、今も応援してくれてありがとうございます」

その笑顔は相変わらず優しくて親切だが、やがてほろ苦いトーンに変わる。

「この前の噂騒ぎで、多くの人が離れていきました」

「でも、今回の『晴天の恋』でかなりの人がまたファンになったんじゃないですか?」

「はい、SNSでファンから謝罪のDMも沢山貰いました」

この期間中、モニカにはほとんど話し相手がいなかったのか、思わずといった様子でこう続ける。

「これからも応援してもらえるのはとても嬉しいですが、DMに届く謝罪の上には罵りや嘲笑のログが残っています。それを見るたびに、今でもあの時の絶望感が蘇って息が詰まるんです。私は何もしてない、悪いことなんてしてないって何度も自分に言い聞かせるのに、急にどこからか誰かが出てきて私に暴言を吐くんじゃないかって不安でした」

モニカは少し落ち込んだ様子で語った。

「仕事に戻ろうとするたび、あの頃のことを思い出して、なかなか落ち着かなくて。家に一人でいる時だけはマシになりますし、そんなに怖くないんですけどね」


「ということは、芸能界に戻るんですか?」

タディは少し驚いたが、モニカはそれを喜びの驚きだと解釈したようで、わずかに明るく返した。

「はい!これからも人生を続けなきゃいけません。役者は私のキャリアであり、夢なんです。自分のためにも、応援してくれるファンのためにも、絶対諦めません」

「それに、あの騒動から立ち直れなかったら、根拠のないデマに屈したことになるじゃないですか。復帰後は、ネットの暴力に関する映画とかドラマに出たいです。あの恐ろしい体験からまだ立ち直れていませんが、私と同じようにひどいコメントで攻撃されてる人たちを励ましたい。そして、嘘をでっち上げる人たちに、言葉の力は大きく、軽はずみな発言が人を苦痛に陥れて多くの争いを引き起こす可能性があること、そんなことをしちゃいけないってことを伝えたいです」


自分にも関わるこの問題について、タディは思わず尋ねた。

「では、あなたの噂にはどう対処しますか?もしかして、その……投稿した人を見つけるつもりですか?」


「それは……」

モニカは答えず、前方のどこかをぼんやりと眺め、俯いて長い息を吐いた。


「『晴天の恋』の上映が終わったら、しばらく旅行するつもりです」

わずかな沈黙の後、モニカが突然話題を変えた。

「自分のための休暇として、誰も私を知らない場所に行こうかな。私を見ていてくれたなら、長い間ずっと働き続けてたって知ってますよね?正直、ゆっくり休む時間があんまりなかったんです」

「そういう環境だと嫌なことを完全に忘れるのは難しいんですよ。旅から戻ったら元気を取り戻して、本当に元の生活に戻れるといいな。ファンのみんなも、恐怖に震えたり、噂に攻撃されて落ち込み続けたりする私を見たくないと思うので」


「私のことより、あなたは?最近どうですか?」

モニカはふと尋ねた。

「俺ですか?他の多くの人たちと同じように、普通に過ごしてますよ。頑張って生きてます」

……


去っていくモニカの背中を見て、タディは複雑な心境になった。この騒動を始めた張本人として、心理的なプレッシャーは小さくない。モニカのようにゆっくり休暇を取った方がいいのではないかと思った。




一時的な沈黙の期間を経て、モニカはまた新たな主演映画『光の下の影』で大衆の前に姿を現した。

芸能界のホットな話題は、1時間ごとに更新されていると言える。しかし、この映画は丸1ヶ月に渡ってトレンドを占め、公開と同時にニューシティを席巻し、興行成績も非常に好調だった。映画のプロモーションインタビューでモニカは、この映画は演技面だけでなく、精神面でのブレイクスルーもできたと語った。彼女はこの機会に、影に覆われているより多くの人々に、自分自身を信じること、そして影にも必ず光が差すと信じることを伝え、勇気づけたいと考えているようだ。


「私は皆さんの傍にいます」

プロモーション映像の最後を飾ったのは、モニカの優しい笑顔だった。

……


別の新興ソーシャルプラットフォームでも、『光の下の影』がトレンドを占めていた。


「なに罪のない顔して同情誘ってんの?1回ネットでいじめられただけじゃん。1年も経ったのにまだそれ利用して宣伝してんのかよ?」

「モ〇カか?うっざ。キャラ作りだとしても真実味がないんだよ」

「この前のグレーミラー事件も自作自演だったりして。あの事件がなかったら、この映画ここまでヒットしてないでしょ?」

「マジそれな、モ〇カのいつものやり口だよ」


Fin.