深淵のゲーム
2024-11-17 「無期迷途」運営チーム

Part01

ニューシティのとある名門高校では、配られたばかりの模擬試験の結果について、生徒たちが熱心に話し合っていた。この結果は、今年の進級試験の大きな参考となるのだ。

しかしジェインはうつむき、黙々とメモ用紙に文字を書いたり絵を描いたりしており、周囲の賑やかな議論に興味を示さない。


1年前、ジェインの幸せな生活は完全に打ち砕かれた。父が高利貸しの訴訟に巻き込まれ、清く正しい治安官から囚人になったのだ。母は衝撃を受けて大病を患い、安定した会計士の仕事を辞め、自宅で療養することになった。

そしてジェインはますます無口になり、様々な理由で授業を欠席することが多くなっていた。



「ジェイン、今回学年トップ50に入ったって聞いたよ!この順位なら、目を閉じてニューシティの大学を選んでもいいくらいだね」

前の席のクラスメイトが振り向き、ジェインを褒める。

「ありがとう。あたしも楽しみだ」

ジェインは淡々とそう答えた。この成績がもたらす輝かしい未来が、彼女とほとんど無関係であるかのように。

「何を描いてるの?線と枠がいっぱい」

「幾何学の計算過程だよ。教えようか?」

ジェインは顔を上げ、この問題について話そうとする。

「いやいや、もうすぐ帰る時間だし、頭使いたくないよ」

クラスメイトは手を振り、慌てて乗り出した身体を引っ込めた。


ジェインは表情を変えず、その紙をそっとバッグにしまった。紙に描かれた長方形と線は、ニューシティのモス銀行の内部構造を表している。そして記された番号は、明日の銀行強盗のルートだ。もちろんジェイン以外の誰にも、この抽象的なパターンを解読し、そこからヒントを得ることはできない。



ジェインの家族が落ちぶれた後、父親をつけ回す高利貸しを追い払い、母親を危険から守るため、ジェインは「ゴースト」と呼ばれるマフィア組織に加わり、銀行強盗を手伝っていた。

わずか1年の間に、ジェインはその才能を生かして11回も強盗を働き、そのたびに大金を手にしている。その額は1000万以上だった。

この衝撃的な犯罪件数にも関わらず、ジェインの殺人件数は0のままだ。それはジェインとゴーストのリーダー・コルマンの間で交わされた取り決めに起因する。「強盗はするが、誰も殺さず、血は流さない。古いスタイルとは一線を引く」。


モス銀行への強盗は明日の朝一番の予定だが、コルマンはまだ皆を招集して作戦会議を行っていない。

ジェインは、受け取った銀行の図面と任務リスト以外、何も知らない。コルマンに尋ねようとしたが、まるで死んでいるかのように連絡が取れなかった。



放課後、ジェインは静かにコルマンが最もよく訪れる拠点の一つに向かい、直接尋ねることにした。



拠点のドアは半開きで、部屋には明かりがついていない。街灯の明かりを通して、動かずソファに横たわっている人がぼんやりと見える。

ジェインは無言でソファに近づき、ようやくその人の顔をはっきりと見た――コルマンだ。

彼は泥のようにソファに横たわり、アルコールの匂いを放ちながら意識を失っている。

決して手から離さない銃も、今は腰の下に押し込まれていた。


「コルマン?」

ジェインは低い声で呼んでみたが、コルマンは反応しない。彼女は彼の鼻の前に手を伸ばした。

(まだ生きている?)


目の前の悪魔は、かつて家に押し入り、絶対的な暴力で自分を制圧し、何度も何度も働かせ、自分を優等生からドブネズミのような犯罪者に変え、常に両親を盾に脅迫してくる……ジェインは何度も幻覚を見た。悪魔の顔をしたコルマンを。


この瞬間、ジェインはようやく彼の顔をしっかりと見た。それはとても醜く、下品で、脆い――ジェインが手を上げて彼の頭に穴を開ければ、全てが終わるだろう。


ジェインは手袋をはめ、コルマンの下からそっと拳銃を取り出すと、巧みに弾を込め、彼の額を狙った。

「彼を殺せばあなたは自由になる!」

頭の中で狂った声がジェインをそそのかす。

「ジェイン。一度原則を破ったら、もう後戻りはできない」

別の声が優しくジェインに忠告する。

脳内の激しい戦いの末、ジェインは結局腕を下ろした。人を殺さないというのが、彼女が常に守ってきた原則なのだ。

殺さない限り、血で手を汚さない限り、闇の泥沼に深く沈むことはない。

強い信念を持って選択した後、ジェインは全身の力を抜いた。すると不意に、冷たく硬いものが後頭部に押し当てられる。


「撃ち方を忘れたのか?」

背後の声は……コルマンのものだった。ではソファにいるのは誰だというのか。

ジェインが考える間もなく、激しい銃声が耳元で鳴り響いた。弾丸は彼女の横を通り過ぎ、ソファの「コルマン」に命中する。彼の額に黒い穴が開き、血が噴き出した。

ジェインはすぐに壁に駆け寄り、電気をつける。この瞬間、彼女はようやく、自分の後ろで撃ったのがコルマン本人であることをはっきりと認識した。

ソファにいるのは人皮のマスクをかぶった偽者で、額の弾がマスクをめくっている。


「俺を殺したいんだろ?なぜやらなかった?」

コルマンは残念そうに言った。

「褒美が貰える絶好の機会を逃したな」

「褒美?」

「お前が遂に人を殺す気になったことへの褒美だ」

コルマンは今までジェインに、人を殺すようしつこく言ってきていたのだ。


(ゴミ、悪魔、クソネズミ)

ジェインは心の中で呪いの言葉を吐く。


「ジェイン、お前が俺の望む人間になってくれれば、俺は常に寛大でいてやるぞ」

コルマンは慈悲深いふりをして続けた。

「さぁ教えてくれ。何を求めてここまで来たんだ?」

「明日のモス銀行強盗の作戦計画を教えてほしい」

ジェインは冷たい声で言った。

「リーダーは誰?チームメンバーは?それぞれの役割分担は?」

「明日は、各自俺の指示に従って行動する。リーダーはいないし、他のメンバーの計画を知る必要もない」

「あたしたちの命はどうでもいいの?」

「情報を遮断することが、お前たちのためになる。チームの中に裏切り者がいるんじゃないかと疑っているところでな」


つまり、先ほど撃ちそうになった偽のコルマンは、裏切り者をあぶり出すための芝居だったのだろうか。自分の行動はどう判断されたのか、ジェインは混乱してしまった。


コルマンが煙草に火をつけると、その煙がジェインの鼻に入る。彼女はうんざりして顔をしかめた。

「裏切り者には、この仕事を全うして最後まで役に立ってもらう。そして――」

吸いかけの煙草が、偽のコルマンの額に開いた血まみれの穴に押しつけられる。

「そいつにふさわしい死を与える」


ジェインがまだ怪訝そうな顔をしているのを見て、コルマンは付け加えた。

「約束しよう。俺の計画はお前の原則を破らない――殺人も流血もない。で、裏切り者の分け前は、残りの全員で山分けだ」

来月、父の高利貸し事件の裁判が始まるが、有名な弁護士を雇う金がまだ足りていない。ジェインはコルマンの提案を断れなかった。


ジェインがコルマンとの「商談」を終えて帰宅すると、具合の悪い母が早めに寝ていた。

足音を忍ばせて部屋に入ったジェインは、テーブルに置かれたまだ温かい牛乳のカップを見つける。

カップの下には小さなメモがあった。

「可愛いジェイン、寝る前に牛乳を飲むのを忘れないで。あまり遅くまで宿題をやらないようにね。成績より健康の方が大事よ。あなたを愛しているママより」

彼女の母は娘が「ゴースト」に仕えていることを知らない。帰りが遅いのも、夜遅くまで図書館で勉強しているのだろうと思っており、強盗の拠点に行っていたなど知る由もない。ジェインは、暗闇の中をどれだけ長く歩いても、母の前では自分がまだ日の光を浴びた子供のように感じていた。


ジェインは心の中でこのように計画していた。いつかコルマンから逃げて、父の高利貸し訴訟を解決し、家族を正常な軌道に戻す。そして、その時が来たら……出頭しようと。

犯罪の事実が明るみに出れば、誠実で心優しい両親はきっと悲しい思いをするだろう。しかしジェインは、決して人を殺さないという最低限のラインは守っており、その手を一度も血で汚していない。それを知れば、両親は悲しみながらも少し慰められることだろう……



強盗作戦の日はたまたま土曜日だったので、ジェインは学校を休む言い訳をする必要がなく、手間が省けていた。

ジェインは母と朝食を済ませると、「今日は図書館に行くから1日家にいない」といつものように嘘をついた。図書館の入退館記録を利用して犯罪のアリバイを作るのは、ジェインの常套手段だ。名門校の優等生が、図書館で本を読む合間に銀行強盗をするとは誰も思わないだろう。


図書館のトイレで着替えた後、ジェインは窓から外に出て、モス銀行近くの路地の入り口に向かった。彼女は辺りを見回し、見覚えのある人物を見つける。

隻眼、蛇尾、サソリが50メ​​ートル以内でしゃがんだり立ったりしており、日陰を楽しむ通行人のふりをしていた。


ジェインは路地のガラクタの中から装備バッグを掘り出し、装備が全て揃っていることを確認した。約束した作戦時間まで、まだ10分残っている。彼女は壁に寄りかかり、横目で他の人たちを眺めながら、コルマンが言っていた裏切り者について考えた。

隻眼だろうか。彼はギャンブルの借金を返済するために強盗を働いている退役軍人だ。先日、不公平な配当についてコルマンを罵っていたが、銃で頭を押さえつけられようやく黙っていた。

蛇尾だろうか。彼は学校を中退した天才技術者で、その能力は他のマフィアのリーダーたちから高く評価されていたと聞いている。しかし蛇尾が他へ乗り換える前に、そのリーダーはコルマンに暗殺されてしまった。

サソリだろうか。彼は人を殺し、死体に銃弾を当てることを好んでいる。コルマンと趣味が合うはずだ。

(それとも……私自身か?)

ジェインが明確な答えを出す前に、作戦時間になった。他の3人は素早くモス銀行の入り口に向かう。

殺さず、傷つけず、金をできるだけ多く奪う。ジェインは強盗の三原則を心の中で呟き、マスクをつけて後を追った……


Part02

隻眼はモス銀行の入り口の警備員を次々と銃で殺害し、先鋒として銀行のドアを開ける。群衆の叫び声の中、他の強盗たちも隻眼を追って入って行った。

最寄りの治安官が来るまで約4分だが、隻眼は彼らを煩わせる隙を与えない。

ロビーの真ん中に時限爆弾が投げ込まれ、隻眼は声を変えた音声を流した。

「全員しゃがんで手を上げろ。治安官に通報したら、爆弾が爆発するぞ」

全員が黙ってその場にしゃがみ込んだ。


全てがこれまでと何ら変わらないように見える。ジェインは少し安心して、自分の最初の任務――「C3エリアの金庫に入る」を実行することにした。

バックヤードへのロックを突破し、機敏なチーターのようにC3エリアに向かって走る。

モス銀行の裏廊下や部屋の構造は複雑で、12のエリアに分かれている。ジェインは昨日、授業の時間のみで地図全体を暗記し、脳内に焼き付けていた。そして家の中を散歩するかのように、簡単にC3金庫への通路に到着した。

この通路の両側にはVIP専用の個人保管室があり、警備員が重点的に巡回している。

ジェインはここに足を踏み入れる前に、念のためガスマスクを着用し、催涙ガスも用意していた。

そして予想通り、予期せぬことが起こった。20メートル先の廊下の右側のドアから巨大な人影が現れ、銃をジェインに向けて行く手を塞いだのだ。


「お嬢ちゃん、この道は一人しか通れないぞ」

「ジェフリーおじさん?」

その顔を見て、ジェインは心の中でまずいと叫んだ。ジェフリーは父の元同僚で、腕が折れても相手の尻を蹴り上げるような、犯罪者を怯えさせる存在だ。年老いて古傷だらけになった今、治安局の手配でモス銀行のセキュリティコンサルタントとして働いている。何事もなければ、悠々自適に老後を送れる楽な仕事だった。


彼と戦う気はなかったため、ジェインは何も考えずに最も早い逃げ方を選んだ。催涙ガスを投げたのだ。

白い煙の中、ジェインは弾丸のようにジェフリーを横切り、その背後にある金庫に向かう。

数歩進むと、後ろからジェフリーが地面に倒れる大きな音と、痛々しいうめき声が聞こえた。

催涙ガスは、せいぜい目が開けられなくなったり、咳き込んだりする程度のもので、人を瞬時に倒せるほど殺傷力はないはずだ。

彼女は躊躇したが、すぐに立ち去ることにした。老保安官であるジェフリーの策略かもしれない。ジェインは彼が無事であることを願った。


C3金庫には最新の盗難防止および防爆システムが採用されている。拡散する煙がジェインの視界を妨げたが、巧みなスキルで30秒もかからず要所を発見し、それを狙撃して金庫の盗難防止システムを無効化した。

ジェインは嵐のように金庫からリュックに金塊を詰め込み、重いそれを背負って金庫から出て、第2の目的地であるC21監視室に向かおうとする。


その時には廊下の煙がすっかり消えており、ジェインは未だ動かず地面に横たわっているジェフリーおじさんに気付いた。全身が硬直し、手は首を絞めるような姿勢をしている。腕の静脈は明らかに異常な色をしており、最近闇市で流行しているある新型毒ガスにやられているようだった。しかし問題なのは、ジェフリーの顔色が健康的なピンク色のままなことだ。


先日の偽コルマンのように、「ジェフリー」の顔も偽物なのだろうか。

ジェインが訝しげに彼の顎を探ると、指先が人皮マスクの端に触れた。力を入れて引き裂くと、「ジェフリー」の素顔が現れる。それは最初から姿が見えなかったチームの一員――カメレオンだった。

カメレオンは変装が得意で、銀行内部の人間になりすまして外部の人間と協力することが多く、「ゴースト」のベテランメンバーだ。


彼の本当の顔は、高濃度の有毒ガスを吸入したせいで青くなっている。ジェインは彼の呼吸を確かめようと震える手を伸ばしたが……息はなかった。

(彼は死んでいる)

(でもなぜだ?)

(なぜカメレオンは絶妙なタイミングで道を塞いだんだ?コルマンがここであたしを殺すよう手配したのか?)

(なぜ装備バッグの催涙ガスが、有毒ガスにすり替えられていたんだ?)

ガスマスクについては、カメレオンがジェフリーおじさんの顔を利用して銀行を自由に歩き回るためにわざと着けなかったのではないかとジェインは推測した。

(間違って人を殺してしまった!)

これは、彼女の手がもはや清らかではなく、洗い流すことのできない罪の血で汚れていることを意味する。


「おめでとう、ジェイン。遂に人を殺す気になったか」

ジェインの脳内で声が響いた。

「あなたは生まれながらの天才犯罪者だ」

「違う!そんなつもりはなかった!」

ジェインは脳内の声を追い払おうと強く首を横に振る。

「彼を殺すつもりはなかった。装備をいじったのはコルマンだ。あいつがあたしにカメレオンを殺させたんだ!」

「でも彼は、あなたの手によって死んだ」

その声は幽霊のようにジェインの思考を追いかけた。

「お願いだ……もう言わないでくれ!」

ジェインは辛そうにこめかみを押して懇願する。


今はまだ強盗任務を遂行中で、1秒1秒が貴重だ。ジェインは湧き上がる感情を抑え、内部ネット監視システムを破壊するため、計画通りC21監視室に急行した。

手足は機械的に動き、脳はトランス状態にある。悲しみを中和しようと、彼女は非現実的で愉快な幻想を生み出した。

(殺人の映像を削除すれば、嫌なことは全て消えるのか……)

残りの時間、ジェインは装備バッグの中身を使わないように、なるべくひじ打ちで行く手を阻む銀行の警備員を倒していく。コルマンが殺人を強要するために手を加えたのは、催涙ガスだけではないかもしれないからだ。


C21の監視室の前で、ジェインはもう一人の仲間――天才技術者の蛇尾と出会った。

「お前の任務は?」

蛇尾はジェインを試した。

情報が不十分なせいで再び人が死ぬのは嫌だと思ったジェインは、蛇尾に「監視カメラを破壊する」と正直に伝える。

「偶然だな、俺もだ」

蛇尾は少し困惑していた。

「こんな仕事に二人もいるか?」

「あたしとあなたなら、どちらか一人で十分だ」

ジェインも率直に答える。

「じゃあどっちが行く?」

蛇尾が尋ねた。

「行ってくれ。あたしはここで見張ってる」

見張りの危険度はより高い。ジェインは簡単な方を譲ることで、カメレオンの死からくる罪悪感を和らげようとした。

蛇尾は頷き、ジェインの横を通り過ぎる。しかしその瞬間、金塊が入ったジェインのリュックを電光石火のごとく奪い、監視室に入ってドアに鍵をかけた。

「お前の代わりに監視カメラを壊してやるんだ。少し対価を貰ってもいいだろ!」

蛇尾のずる賢い声がドアの向こうから聞こえてくる。

「安心しろ。記録は綺麗に消しておく」

ジェインは、監視室に人間が一人通れる窓があることを思い出した。蛇尾はそこから外に出て、金を持ち逃げするつもりだろう。

「金を持ち逃げしたら、コルマンはあなたの頭に穴を3つ開けるはずだ」

ジェインはドア越しに馬鹿なことをしないよう警告したが、いくら説得しても蛇尾からの返事はない。


ジェインはため息をつき、仕方なくドアを開ける。すると、蛇尾がサーバーの配線の前で感電死しているのが見えた。

しかし、彼は絶縁手袋をはめていたはずだ。まさか、催涙ガスと同じように手袋もすり替えられていたのだろうか。

ジェインは、自分の下した決断のせいで、またしても仲間が一人死んだという現実に直面しなければならなかった。

死神は彼らを一列に並べ、一人ずつ命を奪っているかのようだ。そしてジェインは、死神への生贄を選ぶ共犯者だった。

「もしあの時行かせなかったら、彼はまだ生きていたのか?」

命が消えた罪悪感が海のように押し寄せ、彼女は果てしない波の中で息苦しさにもだえる。

ジェインはふと気付いた。コルマンの立てた計画では、彼女が任務を遂行し、自然な決断をするたびに、誰かが「偶然」死ぬと。

次は誰の番だろうか。ジェインの次の任務は、ロビーで他のメンバーと合流し、カウンターの金庫を空にすることだ。

ロビーを見張っている仲間に死の運命をもたらしたくない。そう思ったジェインは、この任務をスキップして直接D6ドアから出ることにした。

「任務を完了しなければ、コルマンはあなたを罰するはずだ」

ジェインの脳内で幽霊のような声が再び響く。

「あたしのせいで誰かが死ぬのをもう見たくない」

ジェインの信念は固く、たとえコルマンから罰を受けてもいいと思った。


ジェインは真っすぐD6ドアに走る。そこはモス銀行の裏通りにあり、出ればすぐに路地だ。D6ドアの横には、ジェインが到着するのを待っていたかのようにゴミ収集の台車が停まっていた。

ジェインは清掃員に変装し、盗んだ金を台車に隠して運び去る。コルマンの指示などなくても、彼女はこの台車の趣旨を理解した。

ジェインが台車のバーを引き上げた瞬間、隻眼と一緒にロビーで見張っているはずのサソリがドアの後ろから飛び出し、ジェインに銃を向けた。

「コルマンは、このドアから最初に出てきたヤツが裏切り者だって言ってたぜ」

サソリの口調は、コルマンに信頼されているという誇りに満ちている。

「あたしたちはみんな、コルマンの罠にハマったんだ。あいつは、あたしたちが殺し合うことを望んでる。これは死の計画だ!」

ジェインはサソリに、カメレオンや蛇尾と同じ目に遭ってほしくなかった。

「サソリ、銃をしまってくれ。あたしたちは協力する必要がある」

「協力?なに善人ぶってんだよ?」

サソリは冷ややかに笑う。

「コルマンの計画だと、お前の行動は他のヤツとぶつかることになってる。お前だけが生きて出てきたってことは、お前が他のヤツらを殺したんだろ」

ジェインの顔は凍りつき、反論できなかった。その時、銀行前の通りからパトカーの激しいサイレンが聞こえる。誰かが治安官に通報したようだ。

しかし、ロビーの時限爆弾は作動しない。つまり、ロビーの爆弾の管理担当者である隻眼はもう……

「お前たちがロビーに戻ってこなかったから、先に隻眼を殺して、あいつの分け前を確保したんだよ」

サソリは潔白を装い、ジェインに引き金を引いた。

「隻眼はお前のせいで死んだんだ。あいつと地獄に行きな!」


Part.03

耳をつんざくような爆発音と眩しい炎と共に、サソリの銃が爆発した。強烈な熱と鉄くずで彼の身体は半分血まみれになり、乾いた棒のように地面に真っすぐ倒れる。

(言っただろ、銃をしまってくれって)

ジェインは心の中で静かにそう言った。

ショックに次ぐショックを受けたジェインは、サソリの死体を前にして精神が崩壊し、声を出すこともできない。

表通りの治安官たちは大きな音を聞きつけ、すぐに裏通りを取り囲んだ。

台車を押して逃走するルートは封鎖されている。治安官と正面衝突してこれ以上死傷者を出さないため、ジェインは盗んだ金が入ったリュックを持ち上げ、後ろの家の屋根を飛び越えて逃げようとジャンプした。

高速で登ったり走ったりしている間、ジェインの世界に残されたのは、耳をつんざくような鼓動と、心の中の幽霊のような声だけだった。

「敵を皆殺しにして大勝利を収めるのは素晴らしいことだと思わないか?もう否定しなくていい。あなたは稀有な天才犯罪者だ」

「言っただろ。あたしは誰も殺したくないんだ」

ジェインは無感情のまま繰り返す。

「人を殺すのは苦痛だ」

「殺せばいい。どうせろくな人間じゃないんだから。なぜ苦痛を感じるんだ?」

幽霊のような声がジェインを慰めた。

「彼らの罪は治安官によって裁かれる。自分の手を血で汚したくないんだ!」


理性を取り戻した時、ジェインは図書館のトイレの窓の外に立っていた。先ほどまで酷使していたせいで、手足が火のように痛む。

窓からトイレに入ると、ジェインは洗面台の鏡に映る自分の顔を見た。それは殺人者の顔だった。底なしのよどんだ池のような、無感覚で虚ろな目だ。

「大丈夫?」

傍にいた人が心配そうにジェインに声をかける。

ジェインは首を振った。あと一言でも発したら周囲の人々に死をもたらすのではないかという恐怖が湧き、すぐにトイレから立ち去る。


退館記録を図書館に残した後、ジェインはコルマンが図書館の出入り口で待っているのに気付いた。彼はジェインが出てきたのを見て、車に乗れと親切そうに呼ぶ。

「あの銀行から出てきたのはお前だけだ、ジェイン。よくやった」

コルマンはジェインを乗せて川沿いに車を走らせながら、心から称賛した。

だがこの時のジェインは、ただ答えを望んでいた。

「あなたが言う裏切り者とは誰なんだ?」

コルマンは土手に車を停め、振り返ってジェインを狡猾に見つめる。

「お前だよ」

その一言がジェインの怒りに火をつけた。

「あたしが?」

ジェインは運転席の背もたれを殴る。

「あたしの家族の命はあなたの手の中にある。盗んだ金は全部あなたに渡して、毎回任務を完璧にこなしてるのに、どうやって裏切るっていうんだ?」

「お前は人殺しを嫌がってるだろ?だが、お前のせいであいつらはみんな死んじまった。ジェイン、結局お前は自分の原則を裏切ったんだよ」

まるで冷や水を浴びたかのように、ジェインの全身が冷たくなった。

「あたしに人を殺させるために、他人の命を弄んだのか?彼らは何年もあなたのために働いてきただろ。少しも罪悪感がないのか?」

ジェインは目の前の悪魔に震えながら問いかける。

「あいつらはあまりにも長く俺の下で働いてきた。その分、俺の弱みも熟知している。だから未来のトラブルを避けるために、お前に殺してもらったんだ」

コルマンはゆっくりと言った。

「まぁ、メンバーの交代は二の次だ。俺の本当の目的は――お前の中の怪物を目覚めさせることさ」

(あたしの中の怪物?まさか、この心の中で響き続ける犯罪を促す声のことを言っているのか?)

「怪物?何のことを言ってるのか分からない」

ジェインは否定しようとした。

「あたしを騙すために、そんなデタラメをでっち上げるな」

「怪物……天才の野心と呼んでもいいな。いや、犯罪者の欲望?チッ、学がねぇから上手く説明できねぇな」

コルマンは不満げにハンドルを指で叩く。

「ああ、そうだ。ダークサイドが近いか」

「あたしにダークサイドがあるかどうかは、あなたに関係ないだろ。そんな理由は受け入れられない。人の命を軽んじた罪の言い訳はやめてくれ」

「今まで仲間はたくさんいたが、俺は孤独だった。お前に会うまではな。俺は、お前の中にかつての自分を見たんだ」

コルマンはどこか切実に続ける。

「お前が成長して俺の本当の仲間になるためなら、躊躇なくあいつらを犠牲にできる。お前が俺の満足する姿になるためなら、惜しみなく何でも犠牲にしよう」

「あたしは、あなたとは違う」

ジェインは歯を食いしばって反論した。

「もしあなたが両親の身の安全を盾に脅してこなかったら、絶対にあなたと強盗なんかしなかった。銀行から何百万も金を奪うくらいなら、時給20ディスコインのアルバイトをする方がマシだ!」

「お前がそんな幼稚な考え方なのは、小さい頃から偽りの道理に目がくらんで、まだ世界に対して非現実的な幻想を抱いているからだ。自分が明るく正しい人間であれば、人生は慈悲を与えてくれるって思ってるんだろ」

コルマンは冷ややかに笑う。

「だが実際はどうだ?お前は治安官の娘で、名門校の優等生で、学校で色んな賞を受賞している。それなのに、高利貸しに家族を解放してくれるよう祈った時、その山のような優等生の証明書が何かの役に立ったか?」

「……いや」

あの日の悪夢を思い出し、それまでしっかりしていたジェインの声が震えた。

「そう、役に立たなかった。お前が犯罪者のように、銃で奴らを始末するまでな」

ジェインの感情の揺れを感じ取ったコルマンは、更に畳みかける。

「まともなアリになるより、誰からも恐れられ、尊敬され、全てを従わせる天才犯罪者になった方がいいじゃねぇか!お前にとって難しいことじゃないだろ?この1年、お前の働きは素晴らしかったが、まだ足りない……」

コルマンはジェインを見つめた。

「本当に変わりたいなら、自分の中の怪物を完全に解放する必要がある。人殺しは、その最初の一歩にすぎない」

「文明人としての俺は弱い。だが犯罪者としての俺は無敵だ。誰も文句はつけられねぇ」

ジェインはあまりの怒りに笑ってしまい、コルマンに肩をすくめる。

「たとえ善良なあたしが不当な扱いを受けたり、いじめられたりしても、あたしは堂々として、人間の尊厳を保つ。あなたと違ってな。あなたはとっくに人間じゃなくなってる。ドブネズミ以下だ!」

ジェインは自分の思いを一気に吐き出す。そして「ドブネズミ」と叫んだ時、大きく笑った。

最初は軽い笑いだったが、そのうち大声になり、ジェインは心の中に溜まった不満、苦痛、無力感を思う存分解放する。

「何笑ってやがる!?俺が生きている限り、お前を一歩ずつ深淵に引きずり込んでやるからな」

コルマンは自分の頭を指さしながら、悪意を込めてジェインを睨みつけた。

「お前が俺のようになるまで、色んな方法で苦しめ続けるぞ。俺を殺さない限りな」

ジェインの顔から笑みが消える。彼女が車の外を見回すと、荒涼とした郊外が広がっており、車道の脇には流れの速い川があった。人を殺し、物を盗み、死体を消すには絶好の場所だ。

「コルマン、あたしがあなたを殺せないと思っているのか?」

「やってみろ。だが覚えておけよ。今回お前は自分の意志で人を殺したんだ」



ジェインが家に帰った頃にはもう夕方だった。


母はニューシティ法律チャンネルを見ており、MCが今日のモス銀行強盗事件を伝えている――

「今回は特殊な強盗事件でした。強盗たちは内輪もめによって殺し合い、多数の死者を出した疑いがあります。治安官の捜査によると、死亡した強盗の正体は『ゴースト』のメンバーだったようです。では、治安局のナックス長官に詳細をご説明いただきます……」


父が冤罪で投獄されて以来、母は法律チャンネルをほとんどつけていない。ジェインは母の気持ちを理解できた。治安官だった父は多くの人々を守ってきたが、結局、治安と法律によって自分自身と家族を守ることはできなかったのだ……

代わりに、ジェインは強盗となり、家を壊されないよう守るために邪悪な手段を使っている。

しかし、世界はこんなに混沌としているはずではなかった。そして彼女の人生も、これほど汚れたものであってはならなかった。

ジェインは心の中で静かに涙を流した。


ジェインの機嫌が悪いのに気付いた母は、彼女が図書館で勉強しすぎて疲れたのだろうと思い、気を利かせてリュックを下ろしてあげた。

「重いわね。疲れたでしょう」

「重くない」

ジェインは首を振り、母からリュックを取り上げる。その中には、今日の強盗で変装に使った服と道具が入っていた。そんな汚いもので母の手を汚したくなかったのだ。

もし家族の中で、誰かが重荷を背負って暗闇の中を進まなければならないなら、それは自分だとジェインは思っている。


「お父さんの裁判は来月になりそうよ。裁判所側はお父さんに無料の弁護士をつけると言っているわ」

そう言いながら母は心配そうだった。

「でも、この裁判は簡単なものじゃないから、明日ママは実家に帰って、売れそうなものを探してくるわね。できればお父さんに優秀な弁護士をつけてあげたいから……」

「心配しないで、母さん。全部あたしが解決した。クラスメイトの親戚が有名な弁護士で、助けてくれるって約束してくれたんだ。お金の心配もしなくていいから」

ジェインは必死に笑顔を作り母を慰めた。


今日、車の中でジェインはコルマンに向かって震えながら銃を構えた。彼女がもがき、ためらっている間に、コルマンはスマホを取り出し、振込画面で彼女の口座へ数字を入力していく。それは、父のために優秀な弁護士を雇うには十分な額だった。

最終的に、ジェインはコルマンのあざけるような視線を受けながらゆっくり銃を下ろした。

彼を殺さなかったのは、金のためか。人を殺さないという原則を守るためか。それとも他の理由だろうか。

ジェインはしばらく模範的な答えを見つけられなかった。恐らく、人生には模範的な答えなどないのだ。


両親の期待を裏切り、彼らの幸せを守った。彼女は良心の一線を越えたが、金によって救われた。そのような混沌とした生活は、いつになったら正常に戻るのか。


ジェインは呆然と窓の外の夕暮れを眺める。今日沈んだ太陽は、明日再び昇る時には真新しくなっているのだろうか。


Fin.