豚に扮して虎を食う、狩猟欲の男
2023-08-21 「無期迷途」運営チーム


Part01


それはいたってありふれたニューシティの晩餐会であり、全てがいつも通りだった。

杯を交わす中、心の奥底に悪意を抱く者、富や名声を追い求める者、注目を満喫する者、笑みを浮かべながらも無視される者など様々だ。

闘技場の観客と獣のように、権力者たちは高い位置にあるVIPルームに座り、次の四半期の興行収入予測や、新映画の計画について談笑しながら、ホールに並ぶ「商品」たちを見下ろしていた。一方「商品」たちは自分を最大限にアピールし、笑い声や計略の波に揉まれながらチャンスの訪れを不安げに待っている。

そうした場で、ラマール・ショウは一人で隅に座っていた。滑稽なことに、ホール内で響く笑い声の中に彼のものはない。酒を運ぶウェイターですら、彼の前を通り過ぎるだけで形式的な質問すらしなかった。

彼はこの晩餐会に参加するため、仲介人から機会を得ようと過去1年間蓄積した人脈をほぼ使い果たしている。当初は、自慢のコミュニケーション能力で業界の大物やプロデューサーと出会い、道を切り開くつもりだった。しかし彼は、己の過ちに気付いたのだ。

彼は確かに有名人だったことがある。6歳の時、メーヴィルエンタメのプロデューサーに見出され、『ホーム・キッド』という映画で一躍時の人となった。3作目まで出演し、大金を稼いでいる。しかし12歳の時、元プロデューサーが女性スキャンダルの露呈が原因で自殺したため、彼のスター街道が閉ざされてしまう。また、彼は金銭管理が苦手で若い頃に蓄えた貯金を全て使い果たしており、多額の借金を背負うことになった。

現在、彼は30歳だ。ここにいる者たちは彼よりも若く、人脈も広く、手段を選ばない……誰も彼に関心など持っていないのだ。

(ここに来たことは間違いだった)

ラマールはそう思いながら、自分のスラックスを力強く掴む。すると何かを思い出し、慌てて手を緩めて、布地のわずかなしわを神経質に伸ばした。

「おいおい、あっちは随分賑わっているのにアンタはここで一人酒か?ロマンチックじゃねぇか」

派手なシャツと大げさな毛皮のコートを着た男が、いつの間にかラマールの隣に座っている。男は気楽とも軽薄とも形容し難い口調でラマールに挨拶をした。

「どこの事務所だ?」

ラマールは驚き、素早く相手を確認する。20代、センスの良くない派手な服装、そしておかしなサングラスと軽薄な笑顔……顔に「金持ちのどら息子」と書いてもいいほどの見た目だった。

しかしこんな遊び人でさえ、ラマールは相手にできない。彼はできるだけ笑顔を見せながら、慎重に尋ねた。

「あなたは…?」

男は名刺を差し出す。そこには「暗線メディア株式会社副社長レヴィ」と書かれていた。

暗線メディア――評価が難しい芸能事務所だ。スキャンダルが頻発し、常識外れな手法を取るが、業界内で一定の知名度があることは否定できない。

ラマールは驚いてすぐに立ち上がり、自分の見識の浅さを謝る。レヴィは気にすることなく手を振った。

「謝んなよ、無駄話はナシだ。簡単に言うと、うちは新しい映画スタジオに投資したから、新しい血を必要としている。興味あるか?」

(天からパイでも降ってくるのか?いや、きっと降ってくるのは餌だけだ)

ラマールにもそれは分かっていたが、もう選択肢はない。彼はこの命綱を掴むことにした。

「はい、もちろん興味あります。実は、いくつか映画に出ていて……」

「知ってる、知ってる。『ホーム・キッド』だろ?何回も見たぜ」

「ここ数年は、他の映画にも出演してますよ。『砂の海シャーク5』、『ディスの要塞』、去年公開された『パワー・スピード12』にも。ですから……」

「レヴィ?レヴィじゃないか!久しぶりだな」

白いスーツを着た男が、足早に彼らの方――正確にはレヴィの方へ歩み寄り、ラマールの自己紹介を遮る。

「ウェイン!なんでいるんだ?」

「ここは俺の場所だぞ。もちろんいるさ。それよりお前、工場はもうやっていないのか?」

「今はオフシーズンだから、何か副業を探すつもりだ」

「ははは、相変わらずだな」

簡単な挨拶を交わした後、ウェインはようやくラマールの存在に気付いたようで、商品を見るように彼を見回した。

「彼は?」

長年エンタメ業界にいるラマールは、当然目の前にいる人物を知っている――このハリー・ウェインは映画業界の絶対的権力者であり、たった一言でラマールの生死さえ決定できる人物だ。ラマールのアドレナリンが高まり、脳が高速で回転し始める。彼は、どうすればこの重要人物に近づけるかを考えた。

しかし、レヴィが彼に代わって紹介する。

「ラマール・ショウ。『ホーム・キッド』の主演だ」

「ああ、なるほど?俺は君のファンだよ」

ウェインの顔に機械的な笑みが浮かんだ。

「去年、こいつはあのディス……んー……」

「『ディスの要塞』です」

ラマールは急いで補足する。

「そうそう。あの『ディスの要塞』だ。前とは見違えるほどの演技で、今や立派な実力派俳優だ。次のディスカーじゃ、主演男優賞を取れるかもな」

レヴィはラマールの肩を叩き、まるで先輩のような口調で言った。しかしラマールは既に30歳で、目の前のお坊ちゃんより年上であることは明らかだ。

「それは素晴らしい。ニューシティには若い実力派俳優が不足している。俺は、レヴィの目が確かだと信じているよ。機会があれば一緒に仕事をしよう」

口ではそう言いながらもウェインは全く足を止めず、手を振って去っていった。

「どうだ?最近、ウェインのところで『パワー・スピード12』に匹敵する新しい企画が始まったらしいぜ。アンタが参加したら良い役がもらえるかもな……試してみるか?」

レヴィはあごで場の中央を示した。

「冗談言わないでくださいよ……」

ラマールは気まずそうにその方向を見る。ウェインは、メーヴィルエンタメで人気の高い俳優と楽しげに話していた。

「ニューシティには候補の俳優がたくさんいるんですよ……私が選ばれるわけないでしょう?」

「本当にそう思っているのか?」

レヴィは笑顔を引っ込め、真剣にラマールの目を見る。

「えっと……」

「自分の目を見ろ、ラマール。ウェインの隣にいる奴の目を見てみろよ。アンタはこう言っているように見えるぜ。『あいつは誰だ?あいつが立っている場所は、本来俺のものだ……』ってな」

「いえ、そんなことは……」

「本気か?有名になって大儲けしたくねぇのかよ?ここにいる全員からご機嫌取りされたくねぇっていうのか?」

「正直、俺はプロのプロデューサーじゃねぇ。ただ暗線メディアの株を買っただけだ。だがここ数年、あの無能なろくでなしどもが作ったものが気に食わなくてな。現場に入ろうとしたら、奴らに見下されてよ。表面上は気を使ってくるが、裏では俺のことをセンスのねぇどら息子だと言いやがる。悔しくて我慢ならねぇんだ!」

「俺は自分の目を信じている。山から落ちた人間の方が、山頂に戻る意欲が高い。だから俺は、アンタを信じることにした。俺たち二人でやろうぜ。どうだ?」

「私は……」

彼の話に煽られラマールの頭が混乱していく。しかし彼には、最後の理性が残っていた。

「考えてみます……」

「ああ、よろしくな。結論が出たら、電話してくれ」

レヴィはラマールが手にしている名刺を指さし、立ち上がる。

「オリーヴァ!久しぶりだな!離婚したらしいじゃねぇか。おめでとう!」

レヴィは有名な監督と2階にある個室に向かった。そしてラマールは不思議な力に導かれるように名刺を自分が着ている――唯一レンタルではないベストのポケットに入れた。

1週間後、都心にあるレヴィのスタジオに、予想通りある客が訪ねてきた。

「サインするのが早いな。契約書をしっかり読まなくていいのか?」

レヴィは腕を組み、面白がっているような悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「騙されたとしても、他に選択肢がありませんから」

ラマールの目は真っ赤だった。銀行からの催告書で最後の理性を失っていたのだ。今の彼には選択肢がなく、騙されても取られるものなど何もない。

「へぇ、新しい同業者が話してたことはマジらしいな。この業界では、子役の死亡が年々早まってるらしいぜ」

ラマールはレヴィのからかいを無視し、叫びに近い大声を上げた。

「俺は自分のものを取り戻したいだけです!人によってコロコロと態度を変える奴らに思い知らせたい。ラマール・ショウは誰にでも踏みつけられるような糞ではないと!」

「何があった?1週間前はビビって俺に連絡できなかったのに、どうしてこんなに変わったんだ?」

「……俺は、俺は……」

「ああ、別に言わなくていい。興味ねぇから。だが、今の態度は気に入ったぜ。そのうち、アンタに主役をやらせてやるよ。心配するな。絶対、人気になる」

ラマールはレヴィを調べたことがないわけではない。「財力がある遊んでばかりの金持ちのどら息子」だと理解していた。彼は最初、「主役をやらせてやる」という約束を信じていなかったが、追いつめられてそうせざるを得なかったのだ。

しかし、有名な監督のオリーヴァから撮影スケジュールが送られてきて、本当に自分が主役の台本をもらった時、彼は初めてあのお坊ちゃんが本気だと知った。

「カット!」

オリーヴァ監督の7回目の怒号が飛ぶ。

「おい、×××!勝手に目線動かすな!カメラを見すぎだ。カメラはお前の嫁か?」

「×××、できるのかできないのか、はっきりさせろ。できないなら帰れ!」

人前ではいつも穏やかで上品なオリーヴァがこれほど怒っているのを、ラマールは初めて目の当たりにした。彼はここ数年、カメラの真ん中に立っていなかったせいで、演技力が低下し精神も不安定になっている。しかしこれらは、彼の失敗の理由ではない。

「オリーヴァ、待ってくれ。こいつは俺の俳優だ。ちょっと話してくる」

レヴィはサブプロデューサーという肩書きを得ていたが、本来現場に来なくてもいい立場だ。しかしラマールの撮影時にはいつもおり、マネージャーのように忙しなく動いている。現場のスタッフは、このふざけてニヤニヤとしているサブプロデューサーに好感を抱いていた――彼はよく、スタッフたちに食事を奢っているからだ。

レヴィが発言すると、監督も怒ることができない。

「じゃあ、すぐにやってくれ。それでもいい演技ができないなら、君の俳優でも帰らせるぞ」

「15分休憩」

「副社長、俺には無理です……」

「何回も言ったじゃねぇか。副社長なんて呼ぶな。俺たちはパートナーだろ?」

「俺……こんな重要な役を演じるのは久々で、俺は……」

「諦めるのか?」

「いえ……でも本当に……」

「本当に帰りたいなら、帰れ。ただ違約金がなぁ……ふっ、アンタに違約金は払えねぇよな」

「誰にも知られねぇ、飯もろくに食えねぇエキストラ時代に戻って、奴らの冷たい視線でも浴びてくれ。俺の見当違いだ……」

「副社長……いや、レヴィ!」

「もう一度チャンスをください。がっかりさせませんから!」

「お?」

レヴィが目を細めた。


「カット。今回は良かったぞ。これで終わりだ」

オリーヴァはスタッフに手を振りながら、レヴィの前にやってくる。

「知らなかったよ。君は役者の調教もできるのか?すごいな。よければ監督のノウハウを教えるけど、興味はあるか?」

「やめてくれ、俺はただの遊び人の2代目だぜ。あいつの弱みにつけ込んでるだけだ」

「それに、撮る側より見る側の方が面白いと思わねぇか?」

オリーヴァは怪訝そうな表情でレヴィを見た。

「まさか、君は……」

「×××こと言うなよ、気持ち悪い」

「ははは……」

一方、1日忙しかったラマールは仕事を終えてようやく一息ついた。メイクルームは混雑している。その原因は、準主役の俳優――あのパーティーでちやほやされていた人気者が、珍しく共用のメイクルームに来ていたからだ。

「マシュー、こんなに人が多いのに、なんで自分のメイク車に行かないんだ?どうしてここに?」

「君に会いに来たんだよ」

「俺?現場でたくさん見ただろ?映画が上映されたら、吐くほど見られるよ」

「数週間ぶりだけど、すごく変わったね。ずっと考えていたんだ。君はどうやって撮影開始前に急に割り込んできて、僕を準主役に落としたんだろうって。1テイクで7回もNGを出したあの演技力で」

「ああ……俺も分からない。運が良かったのか、裏で支えてくれる人が君の支援者よりも優秀だったのかもね」

「おま……」

マシューは言葉を詰まらせ、しばらく何も言えなくなってしまう。最後に物凄い剣幕で、大勢の付き人を連れて去っていった。

ラマールは久しぶりに満足感を味わった。

その夜、レヴィはラマールから感謝の電話を受けた。彼は、この役を手に入れるのは簡単なことではないと理解していて、必ず良い演技をして恩返しをすると語った。

レヴィはソファに横たわりながら適当に返事をし、切る前に相手を励ます。

しばらくすると、再び電話が鳴った。

「レヴィさん、頼まれたことはやりましたよ。あいつ、僕を踏み台にして自分の名声を高めるつもりなんですね」

「悪かったなマシュー、主演の座も譲ってもらって。アンタのシーンはもう終わったよな?ちょっとした休暇だと思えばいいさ」

「あなたには色々助けてもらいましたから、主演の一つくらい譲りますよ……でも……」

電話の相手は何かを試すように言った。

「本当にあいつを有名にするつもりですか?何が特別なんです?」

「失礼ですけど、あいつは大物になれないと思いますよ」

「俺は遊んでるだけだ。そんなことを聞いてどうする?」

「分かりました……」


レヴィは再び電話を切ると、テーブルに置いてある餌を手に取り、水槽に撒く。石やサンゴの下に隠れていた小さな魚が引き寄せられ、水面まで泳いできた。

しかし魚が口を開けようとした瞬間、レヴィはそれを掴んで弄び始める。

彼は、苦しげにもがく魚をしばらく見て水の中に戻した。

自然界では、狩人が獲物を捕まえようとすると、獲物は死ぬ気で逃げる。

しかしニューシティでは、獲物を捕まえようとすると、獲物が自ら罠にかかるのだ。

(あの獲物も、自分から来たんだろ?)

今夜はよく眠れそうだとレヴィは楽しげに笑った。


Part02


レヴィのおかげで、落ち目の元子役ラマール・ショウは再び大衆の注目を集めた。

仕事は絶えず人脈も広がり続け、ラマールはニューシティのトップスターに仲間入りしたのだ。

花と拍手に包まれ、以前失ったもの――名声、金、地位、栄誉を全て取り戻した。彼が一言発するだけで、ファンは自ら金を落とす。彼が不機嫌そうな顔をすると、スタッフは慌ててしまう。

たった1年で、彼は映画2本、CM4本に出演し、業界のトップに上り詰めた。

今となっては、彼の上に立つのは「パートナー」のレヴィだけだ。


「認めるよ、彼のおかげで俺はここにいられる……」

ラマールがグラスを握りしめると、その中の氷が音を立てる。

「でも考えてみてくれ。俺は彼のためにどれだけ稼いだと思う!?いくら恩があったとしても、十分返せたはずだ!」

「今やラマールさんは、ニューシティのトップスターよ。もう恩返しなんて必要ないですよね」

濃い化粧をした美しい女性がやってきて、ラマールのグラスに酒を注いだ。

「その通りだ。もう借りを返す必要はない……×××め。彼の方が俺に借りがあるだろう!これもダメ、あれもダメ。俺が稼いだ金を使っていいわけがない!ファンがどうしたっていうんだ。パパラッチなんて眼中にない!どういう×××理屈だ?」

「暗線メディアとの契約解除を考えたことは……?」

「ふん、ニューシティの芸能事務所はどこも同じだ。暗線メディアを敵に回してまで俺を引き抜く意味があるか?」

「そうかしら。ラマールさんはニューシティのトップスターなんですから、あなたが暗線メディアの金のなる木ってことはみんなが知ってますよ」

「『金のなる木』か……いい言葉だ」

「ああ、ああ、賠償金は全額こっちが出す。レヴィ様が金を出す時、眉をひそめるのを見たことがあるか?ああ、じゃあそれで。時間があったらまた会おうぜ……」

これはレヴィが今日受けた8回目の賠償請求の電話だ。傍の秘書は賠償が必要な相手とその額を記録し、顔をしかめる。

今年、広報部が使う金は多額になるだろうと秘書が思っていると、1通のメールが届いた。

「ボス、週刊誌の記者から写真が送られてきました……ラマールが女性と一緒にバー、カジノ、ホテルに現れた写真で、女性は毎回違います……」

「300万を払わなければすぐに公表すると言っています。動画もありますね。酔った彼がバーで人を殴っている様子を、通りかかった人に撮られたみたいです……」

「振り込んでやればいい」

レヴィはプレジデントチェアを倒して横になり、手でライターをいじっている。

「今ラマールがどう対応すべきか教えるために、クリーンな方法で弁護士と広報チームを紹介してやれ」

「はい、ボス」

レヴィはそれ以上何も言わなかった。オフィスを出て自分のスポーツカーに乗ったが、エンジンはかけない。代わりに、個人用端末を取り出してある番号に電話をかけた。

「ウェイン。俺だ、レヴィだ」

「アンタに話したいビジネスがある。安心しろ、絶対儲かるから」

騒がしい世論が落ち着いて数日が経ち、ラマールが珍しくレヴィを誘った。

レヴィがドアに近づくと、スーツを着た弁護士のような男が現れる。

「レヴィさん、早かったですね?こちらにどうぞ」

レヴィはオフィスに入った。半年前なら、ラマールはきっと立ち上がって彼を出迎えただろう。しかし今、この新しいスターは満面の笑みを浮かべ、落ち着いてソファに座っている。

レヴィは腰を下ろすと、彼に尋ねた。

「珍しいな、ビッグスター。俺みたいなパートナーのことを思い出すなんて」

「冗談はよしてくださいよ。あなたは何があっても俺の恩人です。忘れるはずがないでしょう?あなたは最近、暗線にいないし俺も忙しかったので、会う時間がなかっただけじゃないですか」

レヴィは手を振る。

「言い訳はよせ。さて、用件は何だ?また俺に尻拭いさせる気か?」

「いえいえ、ただ相談したいことがありまして」

ラマールの顔に傲慢さが滲んだ。

「俺は暗線メディアを離れて、メーヴィルエンタメに入りたいと思っています」

「何だって!?」

レヴィはショックを受けたような表情を浮かべる。

「アンタ……×××め、俺を裏切りつもりか!?」

「『人は高きに歩き、水は低きに流れる』。メーヴィルエンタメが、俺の映画チームを作ってくれると約束してくれたので、高みを目指したいだけです」

「監督になりたいっていうのか?暗線メディアみたいな小さい会社じゃ、アンタみたいな大物にはふさわしくないってわけか?忘れるなよ。アンタが1ディスコインの価値もなかった時、手を差し伸べてやったのは誰だ!?」

「もちろん、忘れていませんよ。何があっても、あなたは俺を深淵から引っ張り上げてくれた人です。その恩は決して忘れません」

「ちなみに、違約金は全額払います。その心配はいりません……なんといっても、メーヴィルエンタメはこの業界では待遇の良さで有名ですから、1ディスコインも欠くことなくお支払いします」

「アンタ……×××……覚えてろよ!」

レヴィは怒り狂ってソファから立ち上がり、出ていった。

ラマールはレヴィの威嚇など気にしていない。

(ただの金持ちのどら息子だ。それがどうした?ニューシティは法治社会だ。彼はリスクを冒して俺に復讐するだろうか?)

ラマールはそう思わなかった。

オフィスを出たレヴィは、その顔から怒りを消し軽薄な笑みを浮かべた。すると、彼の個人用端末がタイミングよく鳴る。

「ウェインか?おめでとう。暗線メディアの金のなる木が、正式にアンタのものになったぜ」

「はは、お前が思い切って手放してくれたおかげだよ。いい値段で、株主たちもみんな喜んでいる」

「だが、あいつの映画チームを作るっていうのはマジか?」

「ああ。どうした?ふさわしくないと思うのか?」

「いやいや、すごくいいんじゃねぇか。ラマールは、俺が今まで出会った中で一番監督の才能がある。デイなんとかって奴より才能あるかもな。あいつをうまく使わねぇと」

「何かよからぬことを企んでないだろうな?」

「何言ってんだよ。あいつが映画を作る時、俺も一枚噛んでアンタたちと大金を儲けるつもりだ」

「ははは、さすがだな」


2ヶ月後、ラマール・ショウの監督デビュー作『ルーム』の撮影が始まったというニュースが業界中に広まった。

「手配した人員はもうそちらに向かいました。撮影現場は全て順調です。2日後の記者会見もプロモーションも、言われた通り準備してあります」

秘書は、ラマールに映画の進捗を報告しながらレヴィの表情を観察する。

「全て順調」と聞いて、レヴィは笑いが止まらなかった。

「待っててくれ。本当にすごい作品が撮れたかもしれないんだ……少なくとも絶対に面白い。はははっ」

秘書は黙り込む。なぜレヴィが、解約後もこれほどの大金をかけて裏切者を助けるのか、彼女には理解できなかった。

「そういえばアンタ、特に大切にしてるものってあるか?」

突然、レヴィはそう尋ねる。秘書が答える前に、レヴィは独り言を続けた。

「人間誰しも大事なものがあるはずだ。なかったとしても、それはまだ気付いてないだけなんだよ」

「大事なものを手にしてる時は、きっと楽しくて幸せだろ?ラマールの奴は今、喜びに浸っていると思わねぇか?」


Part03


「レヴィ、今回したことはあまり褒められたものじゃないな」

VIPルームではレヴィが足を組んでソファに座り、プレゼントのキャンディを舐めながら個人用端末を持っていた。

「知ってるさ。だがアンタに損害があったか?」

「……」

電話の向こう側はしばらく黙り込み、不意に声を上げて笑い出した。

「ないな。この件に関して、俺は値段の交渉をしただけだ。お前がやったことは、確かに俺と関係ない」

「しかもこの件で、アンタの上司はほぼ確実に責任を取って退職することになるだろうな。逆に俺に助けてもらったんじゃねぇか?」

「はははは!」

「言っただろ、ウェイン。俺は本当の友達は裏切らねぇんだ」

「お前はどうなんだ?お前もあの映画に出資していただろう?」

「大した額じゃねぇ。違約金の半分以下だ。一番のポイントは、これから面白いものが見られるってことだろ?」

「まあいい。お前の金を俺が心配する必要はないな。時々、本当にお前の考えていることが分からないよ……」

「レヴィさん、お時間です」

ドアの外から、秘書がノックする。

「じゃあな。俺は面白いものを見に行ってくる」

レヴィは電話を切って立ち上がり、外の客席へ向かった。

業界内の著名人が多く招待され、プレミア上映会は華やかだった。レヴィとラマールの関係は破綻しているが、出資者の一人として当然除外されることはない。

しかし豪華さと対照的に、観客たちの反応は奇妙だった。

ラマールはずっと横目で場内の人々の顔を見ていた。最初は眉をひそめて理解に苦しむような顔をしていたが、次第に嘲笑、嫌悪、そして怒りに変わる……一部の品のいい観客の顔にはまだ礼儀正しい笑みが残っていたが、暗い客席には悪意に満ちた顔の方が多かった。

「バカバカしい」

オリーヴァ監督の声がラマールの後ろから聞こえた。


2時間後、やっと上映が終わった。妙な静けさの中、ラマールはゆっくりとステージに上がる。上映後にスピーチをするつもりだったが、彼の脳内は真っ白で、何も言えずにただ機械のように目の前の人々を見渡した。


「ぷっ……」

その場に不釣り合いな笑い声が、場内の静寂を破る。それは人から人へと伝染して次々と笑い声が上がり、高い自制心と演技力を備えた俳優たちですら笑い出してしまった。

「はははははは!」

「あはははははははは!」

「あはははははははははははは!」

「わ、私の映画の試写会に来ていただき……誠にありがとうございます……」

ラマールは口を開いたが、絶え間なく上がる笑い声に比べると、まるで浜辺に打ち上げられ潮が満ちた波に直面した魚のようだった。

ラマール・ショウの精神が崩壊していく。

ドアから飛び出した彼の脳内は混乱していた。

ラマール・ショウには才能がない。

ラマール・ショウは自分に媚びる人間の言いなりになった。

ラマール・ショウの演技は最悪だった。

ラマール・ショウは予算を抑えられず、レバレッジをかけて借金をした。映画が大ヒットしなければ、二度と立ち直れないだろう。


「デイリンの新作、良かったよね。あんな題材でも撮れるなんて思わなかった」

「冗談はよせよ。彼女に撮れない題材なんてあるわけないだろ?芸術面でもビジネス面でもトップなんだからな」

「同じ時期に公開する映画が可哀想ね。相当、苦戦するんじゃない?」

「あのラマールの監督デビュー作は?かなりお金をかけた大作だと聞いたけど」

「さぁな。今日公開するらしい」


ラマールは頭をハンマーで殴られたかのようだった。ぐちゃぐちゃになった脳みそが、ある言葉に変わる。

「終わった」

ラマールは気絶しそうになった。彼が人生の終わりを感じたのはこれで2回目だ。1回目は……


(レヴィだ!)

(レヴィに会おう!俺を助けてくれるのはレヴィしかいない)

(レヴィなら助けてくれるはずだ!)

……

……

……

「映画スター、ラマール・ショウ監督のデビュー作のレビューが公開された。著名な監督であるオリーヴァ氏は『バカバカしい』と話している」

「ニューシティの3月初週の興行収入が発表された。『ディスの放浪』は初日に6億8000万以上を記録。『ルーム』はわずか940万でリクープできない恐れがある」

「『ルーム』の撮影チームによると、ラマール・ショウ氏は撮影期間中よく酒を飲んで人を殴り、進行に支障をきたしていたようだ」


レヴィは珍しく早く起き、カップのコーヒーを飲みながらウェブニュースを読んでいた。

「ラマールさんは訪ねて来ましたか?」

レヴィの悠長な様子を見て、秘書はしびれを切らして尋ねる。

「来たぞ」

「ボスは……」

「あいつと取引した」

「取引?このタイミングでですか!?」

「心配するな、絶対儲かるビジネスだ。あいつが一番大事にしているものを奪ってやった――未来をな」

「そして俺は、あいつに安っぽいものを残した――」

「プライドだ」

ブラウザを更新すると、あるニュースがほぼ全てのサイトのトップを占めていた。

「速報:かつてのトップスター、ラマール・ショウ氏が自宅で死亡。拳銃自殺とみられる」

レヴィは笑った。

「ヤバいですよ、ボス!」

秘書は、モニターのニュースを見ていない。彼女は傍の水槽の中で、レヴィのお気に入りの魚がお腹を上にして水面に浮いていることに気付いた。

「……死にました」


「そんなに騒がなくてもいいだろ。魚はもともと、長生きしねぇんだから」

そう言ってレヴィは手を振った。

「別の魚に変えればいいんだよ」

Fin.