Part.01
空は薄暗く、霧雨が降っている。
このような腹立たしい天候の時に限って、贅沢三昧の腐臭はニューシティから一時的に消えてしまうらしい。
少なくとも……人けのない街頭ではそうだ。
しかし誰もが知り、承知し、理解している。悪天候のため訪問者立ち入り禁止となって施錠された扉の中では、上流社会の贅沢が更に強まるばかりだと。
「……」
メモに書かれた住所をたどり、ローリンは汚い路地の入り口に立った。
レインコートを着ているとはいえ、長時間走ったせいでズボンの裾が雨水に濡れている。綿麻の生地がふくらはぎに張り付く感触が、遂に彼女の心の憤りを爆発させた。本来なら、彼女は暖かい別荘でニューシティの芸能界の大物たちとワインを酌み交わすはずだったのだ。
(信じらんない……うっかり顔を引っかいちゃっただけなのに、なんでゴミを見るような目であたしを見るわけ……)
雨が降っていても、口と鼻を覆うマスクをしていても、隣のゴミ箱からの悪臭は防げない。
(一時的なものよ……ちょっと我慢してれば状況は良くなるはず……)
彼女は深呼吸して自分に言い聞かせると、地下へ続く階段を下りた。
トントン――トン――トントントン
鉄扉の窓が内側から開き、赤い瞳が雨の中やって来た顧客を気怠そうに見つめる。
「こんな鬱陶しい天気でも来る人間がいるのか?」
「こんにちは、あたしは……」
クリニックのオーナーは辛抱強くないらしい。鉄の扉はギシギシと音を立てて内側に開き、ローリンに白い背中だけが向けられた。
住所は本当に合っているのだろうかと、ローリンは一瞬怯んでしまう。
懐が寒くなければ、彼女は間違いなくこんな怪しいクリニックに自分の将来を賭けなかっただろう。
廊下の右手、薄暗い壁に貼られた手術記録のような十数枚のレポートを見るまでは。そこには、彼女が夢の中でも狂うほど嫉妬した何人かの顔があった……
「……『ニューシティの恋』のヒロインはここで手術したんですか?」
突然の驚きに、ローリンは大人気女優の名前をすぐに思い出せなかったが、そんなことは重要ではない。どうでもいいことだ。人々が覚えているのは、スクリーンに映し出されたあの華やかな顔だけなのだから。
「誰だって?」
白衣を着た医師は怪訝そうに振り返った。
「嘘でしょ……この人も……」
次の写真を見れば見るほどローリンは驚き、特に術後の比較写真に目をみはった。そして、すぐに最近流れている噂を思い出す。「卓越した技術の整形師がいて、どんな容姿にも変えられる」と。
ローリンの目が一瞬熱を帯びた。
「前の患者のことか?」
クリニックのオーナーは軽蔑と嫌悪を隠さなかった。
「何が知りたいのかさっさと教えてくれ。あと、レインコートを脱ぐように。診察室が濡れたら、君が残って床を拭いてくれるのか?」
その冷たい言葉がローリンを幻想から呼び戻す。彼女は急いでレインコートを脱ぎ、薄暗い診察室を注意深く眺めた。
辺りを見回すと、診察室の至る所に鏡がある。その大部分は、部屋の中心軸に沿って左右対称に配置されているようで、ローリンは遊園地の鏡の迷路を思い出した。それほど混乱するわけではないが、どの鏡にも自分の一部しか映らない……この感覚はとても奇妙だ。
「友人の紹介で来ました。あなたがニューシティで一番の整形師だと……」
「お世辞を言うために、雨の日にここまで来たわけじゃないだろう?用があるなら早く言ってくれ」
「あはは……」
好意をすげなくあしらわれてもローリンは落胆しなかった。彼女は闇クリニックのルールを知っている。素早く入って素早く出る。現金のみでツケ払いはなし。皆ここで取引をしたいだけで、人情に縋るのは不必要な贅沢でしかない。
しかし一瞬、ローリンの脳裏に様々な想いがよぎった。5分前なら自分の気まぐれに笑っていただろうが、今この時、上流社会への切符が手元に届いたのだ。もしこのチャンスを掴めなければ、ニューシティで一番の大馬鹿者になるだろう。
「先生、顔の傷さえ治してくれれば、契約して大金を稼いだ後は、他の手術も必ず先生にお願いします!」
「オーディションのチャンスをくれる監督を沢山知ってるんです!1年以内には……いえ!2年!あたしが必ず……」
「やめてくれ!君の打算に興味はない。自分の顔をいじるために金を使えばいいだろう。君が誰かなんて少しも興味はないよ。まして、稼いだ大金を私に分ける必要はない。大人しく座ってくれ」
ローリンがきちんと座る前に、医師は彼女のキャップとマスクを外した。少女の眉から頬骨にかけて、無残な切り傷がいくつも走っている。
医師が無影灯の角度を調整した。その青白い光でローリンは目が開けられなくなってしまう。彼女は眉間にラテックス手袋のツルツルとした感触だけを感じた。細くて冷たい2本の指が眉の上をゆっくりと滑り、目尻で止まる。最後には、信じられないほどの優しさで彼女の心の疲れを完全に癒やした。
少女は訝しげに顔を上げ、その赤い瞳が喜びに溢れていることに気付く。
「特徴的な顔立ちをしていると言われたことはあるか?」
「えっ?……あたしの顔ってそうなんですか?」
「ああ。特に鼻のあたりの……」
ますます熱くなる視線を前に、ローリンは思わずのけぞる。医師が善意を見せているというのに、どういうわけか彼女は全身の震えを感じた。
「両親は……いつもあたしのことを褒めてくれます。一人っ子だから、期待値が高いんです。まぁ……自分の容姿には結構自信あるんですけど……」
指先は再び下に移動し、ローリンの目尻にあるナイフの傷をなぞったが、今度は治った傷を再び引き裂くような容赦ない力が加わる。
しかしローリンが叫ぶ前に医師はすぐに力を抜き、瞳の中の笑みを深めた。
「機材の準備をしてくる。費用については最後に話そう。君の醜い傷跡を消すのが先だ……」
……
麻酔のせいで、ローリンは次第に頬の感覚が鈍くなっていった。手術台に横たわり、少しも動かないようにする。しかし、内心での考え事は全く衰えていない。
(さっき先生が顔を褒めてくれたけど、あたしのことが気になったってこと?スーパースターになれる可能性がある?それは、あたしが……)
「先生、具体的に何をするんですか?」
「ユーニ」
「えっ?今なんて?」
「ユーニと呼んでくれ。君は?まだ名乗っていないね」
「あたしは……ローリン」
「いくつだ?」
「去年、大学を卒業したばかりです……」
ローリンの前で真っ赤な瞳がたちまち喜びを爆発させた。
「いいね。一番いい年頃だ……」
メスが皮膚に押しつけられ、冷たく鋭い感触がゆっくりと滑り始める。
「この傷跡は私が治してあげよう。病院のヤブ医者は仕事が荒いね。女の子にとって最も大事な顔に、傷が残らないことだけを求めるなんて……」
ローリンはユーニの手術の邪魔になることを恐れて、まばたきすらしなかった。
「再生した後の傷は顔の皮膚を内側から引っ張る。極めて小さいことだが、こうすることでもっと均整のとれた顔になる。そして、より似ている……」
「先生、何を言ってるんですか?」
「ユーニと呼んでくれ」
「……ユーニ、今なんて言ったんですか?」
しかしユーニは答えない。
ローリンの鼻の両側に鋭利な物体が突き刺さった……冷たい液体が皮膚の下に広がり、ヒリヒリとした感覚がやってくる。
「君を見ていると亡くなった姉を思い出すよ……同じ年齢、同じ容姿に対する不安。彼女はあんなに美しかったのに、市場に迎合してどこにでもいるような俗物に変わってしまった」
ユーニの声はゆっくりとしていて、一言発するごとに一度しか手を動かさない。ローリンに自分の言葉を一言ずつ無理やり聞かせているようだった。
俗物……手術台に横たわる少女は苦笑いを浮かべた。
しかし大金を稼ぐため、権力者や金持ちにすり寄るために、人に好かれる顔を作って何が悪い。更に言えば、目的さえ達成できれば、誰の顔になろうと関係ないだろう。人の笑顔が見られれば、それで十分ではないか。
メスが再び動き、そのたびにユーニは傷口に注射をする。まずはローリンの眉間……
「私たちは大喧嘩をして、割れた鏡が彼女の顔に傷をつけてしまった。それ以来、彼女に会うことはなかった」
そして頬骨と顎に……
「それは残念ですね……ご両親は?」
「両親?ふん……物心ついた時から、私と姉は孤児院で暮らしていた。親なんて、最初からあてにならないものだろう?」
この点については、ローリンも心から同意した。彼女はすぐに、自分を高値で売った挙句、一切連絡を寄越さなくなった欲深い両親を思い浮かべる。
「世界で一番美しい人で、ずっと一緒にいると約束してくれたのに。ずっと私の姉でいてくれたらいいのに」
(ひっ……痛い……)
突然の刺すような痛みで、ローリンはメスの軌道に気付いた。
「ユーニ?……何をしてるんですか?」
麻酔は切れていたが、非常に鋭利なメスはなおも動いている。ローリンの額に深く刺さり、筋肉から皮膚を少しずつ剥がしていた。
「もう少しだけ……もうすぐで終わる!」
メスが震え始め、ユーニの声が狂ったような笑いを帯びる。
ローリンは極度の恐怖に息をするのも忘れ、隣の器具台を力いっぱい掴む。次の瞬間、飛び散る手術器具がようやく明らかに異常な整形師を止めた。
ローリンの目尻は血で染まっている。呆然とした彼女は、右肩にメスが刺さり全身血まみれのユーニを見た。 しかし、それでも相手は笑みを絶やさない。
「どうして私を拒むんだ?」
「ずっと一緒にいると約束しただろう?」
悲鳴と共に、可哀想な少女は地面に押し倒された。
「もう少し我慢してくれ!すぐに終わるから!」
「姉さん、私を忘れたのか?一緒に過ごした時間を忘れた?」
揉み合う中、診察室の鏡が二人によって叩き落されて粉々になる。鏡は雪の結晶のように飛び散り、そこに血まみれの顔が映った。
「イカれてる!イカれてる!イカれてる!どいて!あたしに触るな!」
しかし、ユーニは痛覚を失っているかのように、ローリンにいくらメスで身体を刺されても、奇妙な力で顔の皮膚を剥がすのをやめなかった。
少しずつ、
少しずつ……
ユーニが褒めた鼻が、壊れた鏡に閉じ込められるまで。メスを力強く握っていた細い手首は、とうとう血の海に落ちた。
「ああ……姉さん……やっと会えたね」
カウンセラーの長いため息と共に、今回のカウンセリングは終了した。
監視を担当したシャーロットは記録に専念し、次のように書き続けた。
治療中、対象は不可逆的な妄想状態に陥り、他者が彼女の心を覗き見ることはほとんど不可能……
「君」
整形師が椅子からのんびりとした声を上げる。
「こんな退屈なカウンセリングを毎日受けさせて、満足か?」
態度は相変わらず悪い。
「ユーニさん」
シャーロットは咳払いをして、真剣であることを示そうとした。
「早く現実を認めて、特に自分が犯した過ちを早々に認識してください。それは、あなたの精神の回復に役立ちますし……」
「ふふ……」
ユーニは冷淡な目つきでシャーロットの端末を自分の方に向け、嘲笑した。
「お嬢さん、もし学校で国語をろくに学ばなかったのなら、私が教えてあげよう」
細い指が「妄想」という言葉の周りをなぞった。
「できもしない馬鹿げたことを口にする。これが妄想だ。分かるか?」
バン!
診察室の扉はすぐに閉められ、戸惑うシャーロットだけが残された。
最終評価:監視対象の心理的問題は全く改善されていないため、監視を続けることを推奨する。
Part.02
「ユーニ先生、常連客のために少し割引してくれないかね?」
入り口に立っている太った中年議員が、媚びへつらい手のひらをこすり合わせている。
「チッ……ウィンター議員、何を言っている?私の所に来るのは初めてじゃないだろう?」
ユーニはうんざりした顔で哀れな男の顎をつまみ、手にした写真と見比べ続けた。
「同じ顔の身代わりを見つけられるなら、私の元に来る必要があるか?」
「人は服を着ると体型が曖昧になる。腕や足が欠けていない限り、ほとんどの人間は歩き方の癖なんか分からないものだ。でも顔は……一目見て似ていれば、他はどうでもいい。そうだろう?」
ユーニは哀れな男の頬を叩く。拘束ベッドに縛りつけられた死刑囚は、もみがらのように震えた。
「いつも通り500万だ。問題なければ、明日の午後に受け取りに来てくれ」
ウィンター議員はぎこちない笑顔を浮かべ、後ろに立っている執事に身振りで合図する。
老執事はすぐに理解し、手に持っていた新聞を置いて携帯電話を取り出すと、現金を届ける人間の手配を始めた。
議員はここの常連客で、人気タレントに整形手術を受けさせたり、今日のように身代わりを探す金持ちや権力者を手助けしたり、更にはユーニが税務警察の標的にされるのを避けるため隠し口座を設立するのを手伝ったりしている。こうした取引は、長い間行ってきたものだった。
ユーニに欠けているのは、決して金ではない。それを隠すための、特殊な人脈を使った「プライベートな行為」であることは誰の目にも明らかだ。そして値段が高ければ高いほど、この人脈の希少性をより良く維持できる。
「ああ、いつものルール、いつもの場所だ」
しかし執事が電話を切ると、ウィンター議員が急いで彼に目配せしていた。ユーニが何気なく置かれた新聞に惹かれていると気付いたからだ。
手術室の扉がゆっくり閉まると、ウィンター議員は静かにユーニに近づく。
「この人のどの部分が欲しいのかね?」
『芸術評論新聞』の一面中央にいる、灰色の制服を着た人物がユーニの目を奪った。
「君は……私の欲しい物を知っているのか?」
「おおよその推測はできるが、それ以上は決して口にはしない。へへ、決してな」
ウィンター議員は、その人物について明らかにユーニよりも興味を抱いていた。
「もし興味があれば、繋いであげよう。報酬は……」
議員は拘束ベッドの上の死刑囚をちらりと見て続ける。
「今回の依頼金額と引き換えで」
「はっ……500万か。上の顧客から追及されるのを恐れていないらしい」
ユーニは新聞を捨て、笑顔で首を横に振った。
「私はこの人が誰で、MBCCが何をしているのか知っている。議員さん、私は自分で会う方法を見つけるよ。誰かに繋いでもらうより簡単だ」
しかし、ウィンター議員は彼女がそう言うことを予想していたようだ。
「はぁ。もちろん、私の提案には望むものがあるかどうか確認した上で、君がMBCCから出られるようにするという計画も含まれているんだがね。MBCCの警備は厳重だが、少しコネを使えばあの局長をパーティーに出席させることもできる」
ウィンター議員はそこで言葉を止め、声を落として続ける。
「上の顧客たちは、君が念願を叶えるのを喜ぶだろう。何本か電話をかけることなど、ためらわないはずだ」
「……」
ユーニは手で顔を覆っていたが、貪欲に光る赤い瞳は既にこの若い整形師を裏切っていた。
「その価格で交渉成立だ」
20分後、ウィンター議員の邸宅。
「旦那様、ご命令通り、数人のマフィアにユーニ先生がコンビクトだと広めるよう指示いたしました」
「分かった、下がっていい」
ウィンター議員は全身を革張りの回転椅子に完全に預け、額の汗をハンカチで拭き続ける。
これは邸宅に戻るまでの暑さのせいではない。コンビクトと関わりたくないという気持ちが強かったためだ。彼の言葉を借りれば、コンビクトは皆、普通の人間ではない。あの変人たちと1分でも一緒にいると、寿命が縮んでしまう。
しかし、それは仕方のないことだ。上にいる大物の顧客であろうと、ウィンター議員であろうと、金を稼ぐためにはコンビクトに頼らざるを得ない……
儲かる限り、あの変人とままごとをして、少し我慢すればいいのだ。
「どうした?まだ何かあるのか?」
老執事が去っていないのを見たウィンター議員は、彼がある人物のファイルを渡しているのに気付いた。
「ルナ?……誰だ?」
「ユーニ先生の双子の姉です」
「あ~うちに所属しているタレントだったか?」
しかし、ウィンター議員はそのようなタレントがいたことなど全く思い出せなかった。写真の人物がユーニと瓜二つだったため、そう言っただけだ。
「2年前……金を稼げないため整形手術をして……何?死んだ?」
「はい、なぜか手術が失敗してしまい、その結果亡くなったようです。ですがご安心ください、旦那様。この件は綺麗に処理されました。このファイルは、ルナという人物が存在したことを証明できる唯一の記録でございます」
「……」
ウィンター議員は脳を回転させながら指でテーブルを軽く叩き、しばし考え込んでから言った。
「このファイルを燃やせ。私とお前以外に絶対知られないようにしろ」
「はい、旦那様」
「いや、待て!」
「旦那様、他にも何か?」
振り向いた老執事が立ち止まる。
引き出しから金メッキのライターを取り出したウィンター議員は、暖炉に目を向けた。執事は当然理解し、ファイルから書類を取り出す。灰も残さず燃え尽きるまで数秒もかからなかった。
「まだ処理すべき人間が数名おりますので、これで失礼いたします」
ウィンター議員は、やっと満足げに頷いた。
ユーニという金のなる木を決して手放してはならず、この完璧な協力関係を乱す可能性のある火種は直ちに消し去らなければならないのだ。
Part.03
辺りは既に暗くなっていた。しかし1日忙しく働いていたシャーロットは、シャワーも浴びずに休む気配もなくMBCCの局員寮にいた。
端末上の監視記録は既に十数ページにも及んでいるが、最も重要かつ肝心な報告について、彼女はどう書くべきか長いこと迷っていた。
あと5分で、シャーロットはMBCCに入局して丸3ヶ月を迎える。率直に言って、ここでの仕事は彼女が予想していた数倍厳しい。
もちろん、仕事量が多いという意味ではない。仕事内容による精神的負荷が大きいのだ。
公平を期すために言うと、MBCCの待遇はニューシティの他の政府機関と比べてかなり手厚い。しかし多くの物質的な報酬は、日々の仕事による精神の消耗を補うことができるのだろうか。
いや、明らかにできていない……
彼女が何度、週末に女友達と遊びに出かけようと思ったことか。だが、そのたびに約束を全てキャンセルし、一人で寮の部屋に寝転び睡眠不足を解消しなければならなかった。髪の毛はどんどん抜けていき、睡眠時間も少なくなっていく。
そして、全ての元凶は……
シャーロットは監視記録を最初のページに戻した。そして苛立たしげに画面上のユーニの青白い頬を叩く。この整形師が、MBCC全体を見渡しても最も問題のあるコンビクトの一人であることは間違いない。
異常な強迫性障害と支配欲を抱え、1日中狂った妄想に支配され、死んだ姉を生き返らせることができると確信している……そして彼女の告白によれば、MBCCの拘留中に何度も局長を襲ったのは、局長の目が死んだ姉の目と酷似しており、その目を他の犠牲者の五官と組み合わせ、姉を生き返らせるためだったという……
今までホラー映画でしか見なかったような話が、実際に存在するのだ。そして、MBCCに入ってすぐに彼女を監視する仕事を任された……シャーロットは痛む鼻をつまむ。今考えると本当に恐ろしい。
しかし、ありがたいことがあった。
局長に「パーティーに参加しよう」と連れ出されて以来、彼女の救いようのない症状が奇跡的に改善されたのだ。シャーロットは自分が書いた報告書を最初から1ページずつ読んでいった。
整形師は相変わらずちゃんとした食事をせず、キャンディなどの甘い物しか食べない……
この整形師は相変わらず毒舌で容赦がないが……
MBCCに来た当初に比べれば、状況は正規分布の両端から中央に向かっており、少なくともMBCCで最も人を困らせるコンビクトグループの一員ではなくなっていると認めざるを得ない。
ただし、これは表面上だけである……
コンビクトたちは何らかの精神的問題を抱えているが、彼らが非論理的な狂人だと考えるのは大間違いだ。彼らは偏執狂であり、だからこそ主流社会から逸脱した。シャーロットは、これがMBCCの監視、更には局長の警戒心を麻痺させるためのユーニの手の込んだパフォーマンスだと疑っている。
ユーニは何度か、シャーロットの目を盗んで局長の執務室の前まで忍び寄ったことがあった。そのたびにナイチンゲール副官に追い払われ、シャーロットは毎回副官に怒られていたのだ。
他にも何度か、ユーニが洗面所の鏡に向かって何かを呟いているのを見たことがある……
もうすぐ中間審査だ。多くの同僚が、加点されるために監視報告書の提出を急ぐよう、シャーロットに促している。
しかし、この十数ページの報告書でもシャーロットは手を抜かなかった。彼女の報告書は、やがてユーニを監視するための人員や資源を手配する際の重要な参考資料となる。ユーニのような、局長を襲撃した前科のあるコンビクトには真剣に責任感を持たなければ、更に大きな混乱に繋がるだろう。慎重に対応しなければならない。
「ああ!難しい!」
気が付くと、既に深夜1時を回っていたが、シャーロットは報告書の最後のページを書くのをためらっていた。彼女は前の記録を何度も読み返したが……
最後から2番目のページだけは、あえて見ないようにしていた……
コートを脱いでより快適なルームウェアに着替えると、寝室に新鮮な空気を取り入れようと窓を開けた。
「ふぅ……」
真夜中の冷たい空気が、酸素不足の彼女の脳に明晰さをもたらす。先ほどの結論を思い返すと、最近の好ましい流れは全て、ユーニがシャーロットに見せるためのパフォーマンスの可能性がある……
シャーロットは、この結論を頭に刻み込むことを望むように、何度も心の中でそれを唱え、この結論を何度も強化した。そして遂に決心し、深呼吸をして監視記録の最後から2番目のページを再び整理していく。
正確に言うと、このページの主人公はユーニではなく、彼女自身である。
1週間ほど前、MBCCの臨時外勤任務に多くの人員が招集され、シャーロットもその中にいた。それはかなり――この部分を読んだシャーロットは苦笑いを浮かべた――カオスな任務だった。最終的に目標は達成したが、シャーロット個人にとっては、理想的とは言い難い。
彼女は負傷したのだ。それも重傷だった。兵器級の化学物質のせいで顔の左側と首に2度の化学火傷を負い、死にかけた。
当該外勤メンバーは意識を失い、コンビクト・ユーニは枷を頼りに一人で人工皮膚移植手術を終えた。現在、当該外勤メンバーは順調に回復している。
事件の後、これらを書くにあたって個人的な感情の干渉をなるべく排除した。しかし事実は事実であり、彼女を救ったのはユーニなのだ。ユーニは化学物質を取り除いただけでなく、ほぼ完璧な人工皮膚移植手術も施した。
シャーロットは頬のガーゼに触れる。朝に鏡を見た時、縫合の痕はほとんど見当たらず、新しい人工皮膚に赤みと腫れが少し残っているだけだった。彼女にとって、これは完璧な結果だと認めざるを得ない。しかもこの手術は、異能力を使わず純粋な医療技術だけで行われたのだ。
……
…………
シャーロットは画面を右にスワイプし、ようやく報告書の最後のページに日付と自分の名前を書いた。
コンビクト・ユーニの最近の行動を総合的に考慮し、3ヶ月の近距離監視を経て、外勤局員シャーロット・ヘイルは、コンビクト・ユーニに対する監視撤回を提案し、ここに報告書を提出する。
決してユーニが命の恩人だからではない。
公私混同をしないことは、MBCC全局員の基本的な仕事の素養だ。
シャーロットが最終的にこう締めくくったのは、2時間以上の入念な回想の結果、彼女ができる最も正確な提案だったからだ。
手術台にいる間、彼女は昏睡状態だったが、一つだけ確かなことがある。それは、彼女の記憶に深く刻まれていた。
ユーニが彼女の肌に触れ続けている間、シャーロットは別の人の想いを感じていたのだ。
それは異能のぶつかり合いもなく、感情の起伏もない、信頼に満ちた温かさだった。手術中、局長の枷は確かに役割を果たしていたと言えるが、同時に全く果たせていなかったとも言える……
あの二人は、
少なくともお互いを信じ合う仲間になったのだ。
「ああ!もう寝よう寝よう!しっかり睡眠をとるんだ!」
ガチャン……
独房の扉が、ユーニの背後で静かに閉まる。
一人の環境に戻ったユーニは、局長から取り戻した写真立てをしっかりと腕に抱え、ルナの写真を見て徐々に笑みを浮かべた。
そして監視カメラが捉えられない程度の動きで、そっと、少しずつ、写真立ての後ろにある鏡の欠片を手のひらに隠す。
監視映像だけを見れば、ユーニは写真立てを頬に押しつけているだけだ。しかしコンビクトの能力によって、整形師は鏡との繋がりを作った。
「姉さん……もう少し待ってくれ……もう少しだけ……」
それは恋しさというより、むしろ慰めのようなものだった。
「あの人は信用できる。それに、あの人の周りにいるコンビクトたちは……私たちを再会させるもっといい方法を知っている」
「だから、もう少し待ってほしい……あともう少し……」
Fin.