Part.01
「さっきの子、あのケルビンじゃない?」
「どこどこ?ああ、ケルビンだね。何よ、話しかけたいの?」
「何言ってるの、そんなわけないでしょ!」
二人の青帯調理師専門学校の生徒が、最近学校で話題になっている噂を話していた。しかし目の前を通りかかった少女を見て、二人の話題の中心が一瞬にして変わる。
「あの子が何年も留年してるのを学校で知らない人はいないでしょ。あの子に近づきすぎて不運になったらどうするの?ねぇ、卒業できないなら退学すればいいのに、ずっと学校にいて恥ずかしくないのかな?」
「あの子のメンタルは料理の腕より凄いかもね」
そう言って二人は笑い、ケルビンの方をちらりと見ると、次の噂話に移った。
ケルビンには当然、二人の声が聞こえていたが、何も聞こえていないふりをすることしかできず、下を向いて足早に校外へ出た。学校で彼女はいつも留年のことを持ち出され、こうして噂される。何度聞いても慣れることはできず、聞いていると落ち着かない。そんな嘲笑や疑問を耳にするたびに、ケルビンは「自分は本当にシェフに向いていないのではないか」と徐々に思うようになった。
しかし、低温の料理を研究する時の喜びや満足感は本物だった。彼女は研究している時だけ、そうした息の詰まるような声から一時的に離れることができる。
研究室でレシピを見比べたり、練習したりするだけでなく、彼女は時々低温の料理を味わいに出かけていた。他の人が作った低温の料理を食べることでレシピの幅が広がるだけでなく、調理法の違いを学ぶこともできる。そして当然、美味しい料理も食べられるのだ。
この日は、ケルビンの外出日だった。彼女は街の中心部にある歩行者専用通りのパーラーを目指す。このパーラーは、ここ数日突然、青帯調理師専門学校で話題になった店で、クラスメイトや先生の口からよく耳にするようになった。シェフの間でも賞賛されるには、やはりある程度の腕前が必要だ。ケルビンはこの店に興味を持った。
ただ残念なことに、彼女は普段クラスメイトや先生とあまり交流することがなく、誰に聞けばいいのか分からなかったため、結局ネットで調べることにした。なんと、その店の評判は予想以上のものだった。街の中心部の歩行者専用通りにあり、ネット上の写真を見る限り、内装も料理の盛り付けも美しい。料理、環境、サービス、どれをとってもトップレベルで、そこで氷菓子を食べると、まるで貴族のような気分になれると言われている。インフルエンサーや美食家も多く来店しており、レビューを投稿していた。最近では人々が写真を撮って食べることがブームとなり、毎日長蛇の列ができているという。
中でもケルビンの心を最も掴んだのが、この店の看板商品――ベリー餅かき氷だ。最高級のフルーツを使ったシロップに、柔らかくて甘い餅、そして新鮮なベリーが添えられている。原材料は全て最高の産地のものを使用しており、いくつもの食感が楽しめ、とても美味しいらしい。その中で、一つ印象的なコメントがあった。「視覚的にも味的にも素晴らしい盛宴だ!」というものだ。
その口コミを見て、ケルビンはすぐにそのパーラーに一度は行かなくてはと決意した。ケルビンは氷菓子そのものにも、他の人々が体験した内容にも興味があった。彼女は低温の料理しか味わえず、食べ物に対して他者と同じ感想を持てないことが多い。他の人が美味しいと口にした料理でも、彼女には味がないことがほとんどだった。だが氷菓子は、珍しく他の人と同じように味わえる食べ物なのだ。
街の中心部にある歩行者専用通りは、いつものように賑やかだ。時折大物たちもやってくるという噂から、一般の人々がよりこの通りを散歩するようになった。「やはり大物が来るということは、何か特別優れたものがあるに違いない。それに、少ない費用で大物たちの生活を体験でき、高貴な人と出会ってコネを作れれば大儲けができる!」。歩行者専用通りは、そんなことを考える人々で日に日に溢れ返っていた。
ケルビンがパーラーの近くまで来ると、彼女の想像よりも遥かに多くの人が並んでいた。真夏の炎天下でも人々の熱気は冷めず、列は終わりが見えないほどだ。ケルビンは、せっかく来たのだからと思って行列の最後尾へ向かい、他の客と一緒に待った。
「今日は暑いな……熱中症になりそう……」
ケルビンは手であおぐ。暑さはいつも、あまり楽しいとは言えない過去を彼女に思い出させる。セミの鳴き声に耳を傾けながら思い浮かべたのは、青帯調理師専門学校に入学したばかりの頃の出来事だ。
当時も今日と同じような暑さだった。ケルビンはその日、料理の授業で最下位を取ってしまった。先生は彼女が全く授業を聞いていないと思ったようで、「この料理はまるで濃縮したゴミだ」とコメントしたのを彼女は鮮明に覚えている。クラスメイトたちのひそひそ話や異様な視線の中、ケルビンは罰として残って調理室の掃除をし、反省するよう言いつけられた。
クラスメイトは誰一人、彼女と一緒に残ろうとはせず、帰る時に空調のスイッチさえ切っていったのだ。
ケルビンはその時、チャンスだと思いクラスメイトの料理を片っ端から食べてみたが、先生からいい評価や悪い評価を得たどの料理も全く味を感じなかった。唯一違いを感じたのは、アイスの部分を食べた時だった。
セミが鳴き続ける中、ケルビンは行列に並んでいる。彼女にとって、氷菓子は決してただの料理という単純なものではなかった。
この伝説のかき氷を食べるためなら、彼女は太陽の下でいくらでも喜んで待つだろう。
ケルビンはテーブルについても、まだ少しぼんやりとしていた。日が高く昇っている頃から日が暮れるまで、一日の大半を店の外で待ち、ようやくパーラーに入れたのだ。
「いらっしゃいませ、こちらがメニューになります。オーダーはお決まりでしょうか?」
身なりの良い店員がケルビンの前にメニューを置き、冷たいレモン水を注ぎ、食器をセットしていく。ケルビンは謝意を込めて会釈をし、メニューをめくる。そして結局、来る前から決めていた内容を変えないことにした。
「すみません、看板メニューのベリー餅かき氷をください」
「かしこまりました。オーダー後のご注文内容の変更や、特別なご要望にお応えすることはできません。氷菓子の最高の口当たりを保つため、20分以内にお召し上がりください」
「え?」
ケルビンは店員の早口の説明についていけず、脳内でもう一度考えてから答えた。
「あっ、はい、分かりました」
氷菓子はなるべく早く食べ終えた方がいいのは確かだが、このように時間を制限しているパーラーは珍しい。ケルビンは外に並んでいる人たちのことを考え、回転率を上げるためのものだろうと思った。もし時間制限がなければ、後ろに並んでいる人たちはいつまで並べばいいのか分からない。
ケルビンはあまり気にせず、すぐに店内に注意を引かれて周りを見回す。店の内装はとてもよく考えられていた。白い壁紙はシンプルに見えるが、近くで見るとクリーム色の花の模様がある。また、壁の棚には紺色とピンク紫の装飾品が置かれていた。ケルビンは、すぐにあのかき氷を思い出した。この組み合わせが偶然なのか、看板商品に合わせて意図的に作られているのかは不明だ。
店内で使われている食器は全て金色で、昼時に窓から見えていた金色の光は恐らく人々が手にした食器だったのだろう。客の多くがこれをとても気に入っており、食器を持って写真を撮る人もいた。ケルビンからほど近い客は、氷菓子が出されたにも関わらず、まだ食べ物や周囲の写真を撮っている。早く食べないと溶けてしまうと、ケルビンはその人に言いたかったが、楽しそうな様子を見ると何も言えなかった。
ケルビンは、あるテーブルの客が食事を終えて帰ろうとしていることに気付いた。しかし、入り口にいる人を見ると、その客は立ち去らず入り口の傍に立って周りを見回している。更に、空いたテーブルに次の客が案内されることもなかった。
そして、燃えるような赤いウェーブがかったロングヘアの女性が、店員に恭しく迎えられていた。上品で余裕のあるその様子から、彼女は長蛇の列に並ばなかったのだろうが、列に割り込まれた他の客は誰も異論を唱えない。客たちは静かに中を覗いており、こっそり写真を撮り始める大胆な客もいた。
その女性はあまりにも美しかった。赤く長い髪を片側に流し、サテンのような質感のロングドレスは一目で高価なものだと分かる。一挙手一投足に生来の高貴さが漂っていた。彼女は大勢に注目されることにも慣れているようで、皆の視線の中でもごく自然に着席する。ケルビンは、もし自分がこれほど多くの人に見られていたら、間違いなく緊張で震えるだろうと思った。
「お待たせいたしました。ご注文のベリー餅かき氷です」
店員はケルビンが赤い髪の客へ向ける視線を遮り、彼女の前に綺麗な氷菓子を置いた。そして、砂時計もテーブルに置いて告げる。
「どうぞお召し上がりください」
ケルビンは頷き、目の前の美しいかき氷を見つめた。冷たく透き通ったかき氷には、まるで光を放っているかのようなシロップがかけられ、ピンク紫色のシロップにはクリーム色の餅とみずみずしいブルーベリーが散りばめられている。
(お昼から日が傾くまで待ったかき氷だから、きっと見た目と同じくらい味も素敵なはず!)
ケルビンは期待を込めて、スプーンですくって口に運んだ。かき氷は柔らかく、口に入れた瞬間すぐにとろけて氷が消えていく。シロップと一緒に食べると口の中に甘酸っぱい風味が広がった。ただ、その味は彼女の予想と少し違った。まずくはないが、何かが足りない。
躊躇しながら再度すくうと、今度はかき氷だけでなく、餅とブルーベリーも乗っていた。ケルビンは更によく味わってみたが、今度はもっと奇妙な味だった。一般的に、程よい甘みと酸味はさっぱりとした味わいになる。しかし、このかき氷は甘みと酸味以外にもどこか調和していない味が感じられた。ケルビンは直感的に、このかき氷は何かが足りず、ネットのレビューほどの美味しさにはあと一歩届かないと思った。
楽しそうに食事をしている客の中で、こうして目を閉じ、じっくりと考えるケルビンの姿は一際目立ち、すぐに店員の目に留まった。店員は眉をひそめ、客に対する笑みを浮かべて尋ねた。
「お客様、こうした味は食べ慣れていらっしゃいませんか?」
Part.02
ケルビンは、店員が問いかけてくるとは思っていなかった。
「いえ、ただ……」
言葉を止めた彼女は、氷菓子への探求心が他者と交流することへの恐怖を上回り、わずかにためらった後、こう続ける。
「ネットでこのかき氷が絶賛されているのを見ました。でも、味の調和が少し取れていないような気がして……」
店員は笑みを凍りつかせ、ケルビンに言葉を返した。
「お客様、これは当店の看板商品なのですよ。その繊細な味わいと、いくつも楽しめる食感から、大きな注目を集めております。多くのグルメ評論家の方々も試食しにいらっしゃいましたし、例外なく絶賛されているのです」
店員の声は小さくなかったため、隣のテーブルにいた客にも二人の会話が聞こえていた。
「あなた、料理のこと全然分からないんじゃない?このかき氷はこんなに美味しいのに!この後味、食感、氷で舌が冷やされた後の……えっと……ああ!味覚の喜び!美食家の言葉と全く同じ体験ができるんだから。料理が分からないなら、バカなこと言わないで」
その客は眉をひそめてケルビンを睨み、傲慢に自分の意見を述べると、スプーンで一さじすくって楽しげな表情で口に入れる。
ケルビンは慌てて手を横に振りながら説明した。
「い、いえ……味について適当なことを言うつもりはありません。普通の人の舌は、低温の料理に対してそれほど敏感じゃないからかもしれませんが、私には分かります。これはもう少し調整すれば……」
「はいはい、分かった分かった。自分の味覚が特別鋭くて、美食家より凄いって言いたいんでしょ?」
この会話は他の客の注目を集め、別のテーブルの客まで会話に加わった。
「有名人がいるからって、わざと逆張りして注目を集めようとしてるんじゃない?ありきたりでバカバカしい手段だね」
「私は昔から大好きな美食家の先生のお勧めでここに来たんだ。彼の勧めるものは、どれもこの世で最も美味しいものばかりだぞ!彼は美食家の家系だけど、お嬢さんは彼より凄いというのか?」
「それに見てよ、この内装に綺麗な食器。高級レストランみたいな雰囲気よね!」
「そうよ、サービスだって高級レストランでしか受けられないようなものなんだから。貴族をもてなすのと同じくらい丁寧でプロフェッショナルなのよ!それでも、この店は良くないと言えるの?」
このように大勢に攻撃されると、ケルビンはますます不安になり緊張してきてしまう。彼女は声が震えるのを感じながら、慌てて弁解した。
「注目を集めたいわけじゃないんです。こ、ここの環境もサービスもとても素敵ですが、私が言いたいのは……」
「分かったから黙ってくれ!食べたくないなら帰れよ!」
「センスないわね。それでも調理師学校の生徒なの?噓でしょ」
「言うだけなら誰でもできるでしょ?私も自分が青帯調理師専門学校の出身だって言えるし、学校の先生や校長だとも言えるわよ」
「違います……嘘じゃありません……」
何度経験しても、ケルビンはこういう場面が苦手だ。主張するのをやめて、彼らと同じ感想を言えば、楽になるのではないかと思い始めた。しかし、店員は彼女に迷う暇を与えず、ケルビンの言葉を遮る。
「お客様、高級デザートをもっと召し上がれば、繊細な味の特徴が理解できるようになるはずです。もちろん、もっと頻繁に味わう機会があればの話ですが。そして、先ほどの会話の時間も食事時間の20分にカウントされますので、スピードアップしてくださいね」
そう言うと店員は背を向け、ケルビンに後ろ姿だけを残して立ち去った。隣の客は笑っており、どのテーブルか分からないが、「可哀想で貧乏な子供」とまで聞こえてくる。ケルビンは言葉にできないほど辛かった。
(何も悪いことはしていないのに。このかき氷は本当に調和がとれていない味だったのに)
彼女は近くにいる人々を見るのをやめようと努め、下を向いて目の前のかき氷を一口ずつ食べた。
この些細な出来事はそれほど長く人々の注意を引かず、すぐにパーラー中の関心を失った。今この店には、もっと注目を集める女性がいるからだ。
そのグルメ評論家がかき氷を味わうと、すぐにスプーンがテーブルに触れる音がした。彼女は赤い唇を軽く開けて告げる。
「かき氷を作ったシェフは、氷を作るというよりマジックをしているようですわね」
その声は気だるげで深みがある。ケルビンが思わずそっと目を向けると、赤髪の女性は自分と同じかき氷を注文していた。
店員ももちろん、この特別な客に非常に注目しており、笑顔で一歩前に出る。
「あまりにも美味しくて、マジックのように不思議で目を引くということでしょうか?」
赤髪の女性は店員の言葉に驚いたようで、髪を耳にかけ、しばらくしてからこう返した。
「もちろん、そうではありません。客には気付かれないと思って小細工を弄しているようですが、実際は綻びだらけ。このかき氷はいただけませんわ。酸味に足りていないものがあるだけではなく、少し濁った味もしますもの。もう結構です、味見はここまでにしましょう」
店員は強張った笑みで数秒気まずそうに立ち尽くしていたが、周りの客がひそひそと話し始め、こっそり動画まで撮っていることに気付いた。彼女は笑みを浮かべたままだったが、その目は全く笑っていない。
「お客様、わざと当店へ言いがかりをつけにいらっしゃったのでしょうか?酸味の問題はさておき、その濁った味というのは?当店のかき氷が欠点だらけと言われるなんて信じられません。どれだけの美食家が当店を褒めているかご存知でしょうか?あなたのような方なら、分かってくださると思っていたのに!」"
「残念ながら、こんな中途半端な料理を楽しむことはできませんわ」
"「この店に失望したのはかき氷だけではありませんのよ。こちらのサービスのせいで、食事が試練のようでしたわ。このかき氷が20点だとしたら、あなたのひどい魂の匂いで減点して、たった5点というところでしょう」
赤髪の女性は、相変わらず上品な微笑みで店員を見る。店員がまだ何かを言おうとしている間に、その女性は既に代金をテーブルに置き、立ち上がって店を出て行った。
ケルビンは、突然起こりあっという間に終わった騒動を、呆然と見ていた。彼女は、先ほどから感じていた味の不調和が、酸味のおかしさだったのだと瞬時に気付かされた。酸味の中にかすかな濁りがあったせいで、かき氷全体の爽やかさが大きく損なわれていたのだ。ケルビンはずっと考えても答えを出せなかったが、あの女性はたった一口で鋭い評価を下した。
20分はあっという間に過ぎ、ケルビンは店員が来る前に席を立とうと、帰り支度を始める。立ち上がると、近くのいくつかのテーブルが既に空いていることに気付いた。その中には、つい先ほどまで彼女を責めていた客も含まれている。
ケルビンは少し戸惑った。そのテーブルの客たちは彼女より後に席に着いたのだ。食事を終えるのが随分と早い。
(私が食べるのが遅すぎたのかな?)
ケルビンは学校に戻ったが、よく考えてみるとやはりあのかき氷が気になった。温かい料理には口を出せないかもしれないが、ああいった低温の料理にはまだある程度の自信がある。
普通の舌は、冷やされるとすぐに味蕾の感度が落ちてしまう。しかしケルビンにその心配はなく、冷たいものほど繊細さを味わうことができる。これは普段、熱い料理を作る際には災いとなっていたが、低温の料理を作る際には助けとなっていた。
あのかき氷は、あと少しで美味しくなるはずだ。かき氷全体の味を損なう、あの不調和な味は一体どこから来るのか彼女はとても気になった。
ケルビンは、あの店がネットで宣伝していた全ての食材を記録している。どの食材も最高の産地から調達されたもので、品質の良さをアピールするため、店はフルーツや牛乳の品種と産地まで明記していた。青帯調理師専門学校は一流の調理師学校のため、こうした特別な産地の食材も研究室に揃っている。ケルビンはすぐに全ての材料を見つけ、あのかき氷を作ることにした。
かき氷もシロップも作り方は簡単で、低温の料理が好きなケルビンは昔から得意だった。
しかし予想外にも、この日試作した味はなかなか美味しかった。実際のレシピはパーラーのものと異なるかもしれないが、このかき氷は甘みと酸味が織り成す爽やかな味だ。パーラーで味わった濁りは微塵も感じない。
ケルビンはスプーンで一さじすくい、目を閉じて慎重に考える。あの日問題となったのは酸味であり、その主な出所はブルーベリーだった。彼女はふとあることを思いつき、研究室にある他の種類のブルーベリーを全て取り出し、一つずつ試していった。
案の定、ブルーベリーが入れ替わっていた。
品種か産地が別のものと入れ替わっている。それ以外の可能性はないだろう。
異なる地域で生産された食材は、土壌、水質、地形などによって風味に多少の違いが生じる。ブルーベリーのようなベリー類の場合、産地による風味の影響は大きい。そしてこのかき氷に使うと、味が濁り、爽やかさに欠けてしまう。
ケルビンがブルーベリーが入れ替わっているという結論に達したのは、手元にあるブルーベリーを全て試食した後だった。しかし、あの日店にいた赤髪の女性は、一口食べただけで味の違いを指摘し、小細工や欠点を並べ立てていた。あの瞬間、彼女には全て分かっていたのだろう。
(凄すぎる!)
そのような味覚の鋭さはとても優れた才能であり、更に数え切れないほどの美味を味わってきたということだ。
ケルビンは嬉しそうに研究室から出て行き、「濁りの謎」を解いた後、その過程で得られた成果を注意深く記録した。彼女は今回の料理についてノートに感想を綴っていく。そして、このかき氷事件も彼女にとっての小さな「謎解き」と同じように終わるだろうと思い、ノートを閉じた。
Part.03
学校では突然、多くの人々がまたあのパーラーの話をするようになった。しかしケルビンが以前聞いたような賞賛やお世辞ではなく、侮辱や軽蔑に変わっていた。今では、あの店の話が出る時のキーワードは、「まずい」「失望」だ。
まだあれから1週間しか経っていない。食材の産地が変わったとしても、それほど評価がすぐに変わるものだろうか。更に、あの日のかき氷は世間で言われているほど美味しくなかったというだけで、まずいというほどでもなかった。ケルビンは習慣で口コミサイトを開いてみたが、ネット上のコメントまでも急変していた。しかもその発言は、クラスメイトのものより更にひどい。
「センスの欠片もないし、まずいし、お金の無駄」
「内装がごちゃごちゃしててダサい。金のスプーンもダサいし目にも悪い。派手なだけで見かけ倒し。あの店の中身のなさにぴったり!」
「かき氷を食べるのに時間制限があるなんて!私は好きなだけ食べたいよ。たかがパーラーのくせに高級店だと勘違いしちゃってる。行ったことがない人は絶対行かない方がいいよ」
「店員が変な匂いがする。私にも分かった!気持ち悪い!」
一通り読み、ケルビンはコメントが急変したのは彼女が店に行ったあの日からだと気付いた。更に読み進め、あの赤髪のグルメ評論家が単なる有名人ではないことも知った。
動画をネットにアップしている人もいる。どうやらその人も当時パーラーにいて、品評の一部始終を記録していたらしい。撮影者は正面から堂々と撮影する勇気はなかったようで、ケルビンの斜め後ろからこっそり撮影していた。しかし最後には、あの赤髪の女性をバックに誇らしげな表情で写真まで撮っている。
「残念ながら、こんな中途半端な料理を楽しむことはできませんわ」
「この店に失望したのはかき氷だけではありませんのよ。こちらのサービスのせいで、食事が試練のようでしたわ。このかき氷が20点だとしたら、あなたのひどい魂の匂いで減点して、たった5点というところでしょう」
動画のコメント欄では、当日ブルーベリーの仕入れ先が変わったため、味に影響があったと店長が説明していた。現在は元の産地のものに戻しているためもう一度食べに来てほしい、本当のベリー餅かき氷はとても美味しいからとも書かれている。しかし、彼へのコメントは軽蔑と嘲笑だけで、今までのようなもてはやす痕跡は少しもなかった。以前は美味しいと絶賛していた美食家たちも、来店した際の過去のレビューを全て削除し、一つも残していない。
ケルビンはネット上のコメントの変化に困惑したが、最後に店長が送ったコメントを見て少し興味が湧いた。
料理は食材とレシピの美学だ。先日ケルビンもかき氷を作ってみたが、パーラーとはレシピが絶対に違うため、近しいものしかできなかった。あの店本来の味に興味を持った彼女は、結局もう一度パーラーを訪れた。
今回長い列はなく、待ち時間もなく席に着くことができた。彼女は前回と同じくベリー餅かき氷を注文した。
待っている間、ケルビンは思わず店内を見回す。店内には数人の客しかおらず、以前とはあまりに対照的で物寂しい。店員の数も激減し、冷たい飲み物を作りながら接客をしている店長らしき人が一人いるだけだ。しかしあまりに客が少ないため、複数の仕事を担当していても、忙しくはなさそうだった。
「いらっしゃいませ、お客様」
かき氷も店長自ら運んできてくれた。
「ご注文いただきましたベリー餅かき氷が出来上がりました。ごゆっくりお召し上がりください」
そう言って、店長は立ち去ろうとする。
「あの……」
ケルビンが口を開いた。
「20分を計る砂時計を置き忘れていますよ」
店長は一瞬唖然とした後、苦笑いを浮かべながら答える。
「ゆっくり召し上がってくださって結構ですよ。昔はお待ちになるお客様が多すぎたので、時間を決めないと後ろのお客様が召し上がれなかったんです。今は……もうその必要はありません。ですが、それでもできるだけ早くお召し上がりになることをお勧めします。このような氷菓子は、溶けると口当たりが悪くなりますから」
今回のかき氷は色がより鮮やかで、ブルーベリーがより多く乗っていることにケルビンは気付いた。スプーンですくって味わった瞬間、彼女は思わず目を見開く。
(美味しい!研究室で作ったものよりとっても!)
かき氷は相変わらず柔らかく、氷が残ることなく口に入るとすぐに溶けていく。かき氷が溶けると、幾重にもベリーの風味が重なり、以前の濁りはなくとても爽やかだった。外で買えるものではない特製のシロップだということは、食べるとすぐに分かる。かき氷が完全に溶けるとブルーベリーと餅だけが残った。ブルーベリーを口に入れると、甘い餅とブルーベリーの程よい酸味が混ざり合う。かき氷全体が爽やかで面白く、一口食べるとまた一口食べたくなった。
ケルビンは楽しく食べながら、思わず笑みをこぼす。その表情をたまたま見た店長は、微笑みながらこう言った。
「このかき氷、すごく美味しいですよね?」
「はい!」
ケルビンは店長から話しかけられたことに気付き、笑顔でかき氷への想いを伝える。
「今回はすごく美味しいです!かき氷とお餅がとてもよく合っていて、フルーツの爽やかな甘さとお餅のねっとりとした甘さが調和しています。そして中のブルーベリーが極めつけです!品種が変わったので濁った味もなくなって、爽やかになりました!」
ケルビンの話を聞いて店長は頷いていたが、最後の一言を聞くと徐々に気まずそうな表情になっていく。そして、ため息をついてこう言った。
「残念なことに、以前社長がコスト削減のために、全てのフルーツの産地をより近くて安価なものに変えるという決断を下しました。客は誰も分からないだろうと。有名なグルメ評論家の実力と舌を甘く見ていたんです。あの時、私たちスタッフが説得できていれば……でも、もういいんです。ここまで来たら、こんな話をしても仕方ありません。お気に召していただき、コメントまでいただき、本当にありがとうございます。よかったら、もっと召し上がってください。今日をもって、このかき氷はなくなりますから」
「え?どうしてですか?こんなに美味しいのに」
自分の研究結果が正しいことを確認したケルビンは少し興奮していたが、その言葉を聞いてすぐに冷めてしまった。彼女は驚いて尋ねる。
「お客さんが少ないからですか?すごく美味しいですし、しばらくして元のフルーツに戻ったかき氷が美味しいと知ったら、絶対に人がたくさん戻ってくると思います」
「仕方ありません。あの女性がうちの店を批評して以来、お客様はほとんど来なくなりました。毎日せいぜい5~6人です。ここはテナント料が高いので、今は毎日赤字で……」
「でも……」
ケルビンは残念そうに続ける。
「でも、元々の味はすごく美味しかったです!本当にもう一度やってみないんですか?」
店長は苦笑をこぼした。
「残念ながら、これは私が決められることではありません。あの女性のコメントを聞いて、社長は翌日店舗を貸しに出しました。今日が最終営業日で、二日後には新しい店になります」
「もういいんです」
店長はため息をつき、顔に浮かんだ悲しみを消し去ると、ケルビンに笑顔で言った。
「この話はやめましょう。氷菓子を楽しむ邪魔をするのは良くありませんし、口当たりに影響するとまずいですから。お食事を楽しんでくださいね」
……
数日後、その店はレトロ風なパン屋に改装されていた。そこも赤髪の女性が批評した店で、味も接客も良く、ニューシティに新たな旋風を巻き起こしたらしい。
ケルビンが歩行者専用通りを歩いていると、店の入り口は人でごった返していた。並んでいる人は、この店のダーティブレッドは特に人気で、見た目も味もまるで盛宴のようだと話していた。
ある日のMBCCでのこと。厨房から出てきたケルビンは、通りかかった局長が綺麗な封筒を手に、歩きながら何かを考えているのを見かけた。彼女は好奇心からそっと封筒を見る。表紙には女性の横顔が印刷されており、燃えるような赤いウェーブがかったロングヘアがとても目を引いた。飾り気がないのに、気だるさと上品さに満ちている。ケルビンの心に懐かしさが湧いたが、一瞬思い出せず小声で尋ねる。
「局長、それは何ですか?」
「これか?カベルネという女性から送られてきた招待状だ。後で同行してくれる人がいないか確認しないといけなくてな。このパーティーで……」
その名前を聞いてケルビンは呆然とする。
(カベルネ……カベルネ……あっ!カベルネさんってあの……)
「局長」
ケルビンは手を上げてこう言った。
「カベルネさんのパーティーに、一緒に出席してもいいですか?」
Fin.