ドーラ
2023-12-17 「無期迷途」運営チーム


Part.01


夕日の残照が、廃住宅地の路地を不穏に照らしている。

旧式の車が路地の入り口を塞いでいた。二つの人影が車から降りてくる。一人は背が高く、もう一人は低い。二人は路地の奥に向かって足早に歩いて行った。

「この先が、6人目の被害者が失踪する前に最後に目撃された場所です」

チームを率いていた長身の男は、ツバが巻いた茶色の帽子をかぶった刑事で、堅実で成熟した、署内で20年の経験を持つベテランだ。

ベテラン刑事の隣にいる、彼より少し背が低い人物は、若手の助手でドーラという。

警察学校を卒業したばかりの彼女は、はつらつとしており、この事件に向けて気合十分だった。これは少女6人が失踪した衝撃的な事件で、彼女が正式な刑事になって初めて担当した大事件でもある。

「これまでの5人の被害者が行方不明になった場所と同様、ここは監視カメラの死角です。この付近は人通りが少なく、争ったり引きずられたりした形跡もありません」

助手は記録したり写真を撮ったりしながら、重すぎる事実を話し始めた――この事件は、上層部から7日以内に解決するよう命じられている。あと2日残っているが、容疑者を特定する重要な証拠はまだ見つかっていない。

決して楽観的な状況ではないが、長年現場で汗水垂らして働いてきた刑事は、既に今日の報告書の内容を頭の中でまとめていた。

「刑事、また……あの香りがした気がします」

助手は、ためらいながらそう言った。

「とても奇妙な香りです」

「おっ、手がかりか。日誌に書いておけよ」

また気にも留めていない刑事の様子に、助手は少し不安を抱く。

「おかしいと思いませんか?なぜ最後に目撃された全ての場所で同じ香りがするんでしょうか?」

「それは普通のことだ」

刑事は、花が咲き乱れる頭上の木々を見上げた。

「この季節に匂いがするのは当然だろ。ハ、ハクション!――クソ花粉症め!」

「花の香りじゃないのに」

助手は小さな声でつぶやく。彼女はこの不思議な香りが事件解決の鍵になると内心確信していた。しかし彼女の上官は何の香りも感じていない。上官の助けがなければ、彼女は卒業したばかりの新人にすぎない。その些細な力では、何年経っても事件を解決できるはずがないのだ。

「ブツブツ言ってないで行くぞ。容疑者の家までついてこい」

刑事は彼女を軽く叩くと、大股で車に向かう。

「容疑者が特定できたんですか?どうやって推理したのか教えてください!」

助手の薄暗い気分が一瞬にして明るくなり、子鹿のように刑事の後を追って飛び跳ねた。

「教えてください、お願いします!」

「20年仕事してきた勘だ」

「……」



30分後、刑事は助手と共に車を走らせ、豪華な邸宅の前に到着した。

助手はすぐに、ここがニューシティで最も有名なコレクターの屋敷だと気付く。

新聞には、有名人とコレクターが一緒に写った写真がよく掲載されていた。

そして写真の背景は、この複数のローマ建築の柱で装飾されたレトロな3階建ての邸宅だった。この建物は、かつてある有名人の邸宅だったそうだが、30年前にコレクターが住居兼コレクション展示室として高値で手に入れたらしい。

コレクターは孤児院の子供たちをコレクション展示室に招待したり、無料でチャリティーイベントを開催することも多い。そのため彼は一時期、ニューシティの新聞のチャリティーコーナーに頻繁に掲載されていた。

(こんなに……イメージのいい人が、本当にこの連続少女失踪事件の容疑者なの?)

助手は少し躊躇した。しかしここに来る途中、刑事はその推理過程を明確に説明していた。「もし6つの犯行現場が環状に繋がった場合、輪の交差点はちょうどコレクターの邸宅になる」と。

もちろん最も重要な点は、このコレクターは決して表向きほど聖人君子ではなく、裏では女性に関する知られざるフェティシズムがあるという情報提供者からの情報だ。


コンコンコン。

助手は白い大理石が敷き詰められた車寄せまで進み、精巧な彫刻が施された銅製のドアノッカーでノックする。

ドアが開くと、中の香りが助手の鼻孔に入り込み、彼女は身震いした――部屋の中から、あの不思議な香りがしたのだ。

とても捉えどころのない香りで、大きく息を吸わなければ嗅ぎ取ることはできないが、助手はこの家の所有者が間違いなく今回の事件に関係していると直感した。

彼女が顔を上げると、ドアの向こうに金縁の眼鏡をかけ、凝った衣服をまとった男が笑顔で立っていた。

「おや、刑事さんたち。珍しいお客様ですね。どうぞお入りください」

立派な身なりのこの男性は、まさに彼らが探していたコレクターだ。

「こちらのお宅は実に素晴らしいですね。知らない人は、どこかのアンティーク博物館だと思うでしょう」

刑事はドアを入るとすぐに、人当たりのいい笑みを浮かべ、相手と丁寧に話し始めた。結局のところ、コレクターの有罪を証明する確実な証拠を見つける前に、彼のような大物を怒らせないことが最善であり、これが職場でつまずくことなく着実に歩む刑事のルールなのだ。

その後、3人は客間にある赤いサテン生地の高価なソファに座った。コレクターは2人のために自ら丁寧に紅茶を注ぐ。

「連続失踪事件の件でいらっしゃったんですよね?」

「もうご存知なのですか?」

「この事件は世間を騒がせているでしょう。私の顧客にも影響を及ぼしているんです」

コレクターはため息をついた。

「あなたの顧客にも影響が?」

「私の顧客にニューシティの財務官がいるんです。この失踪事件の3人目の少女は、彼が後援をしている孤児院の出身で、彼が最も期待していた子でした。貴重な宝石の台座を探してほしいと彼に依頼されましてね。あの子の写真をそこにはめ込んで、今年の彼女の誕生日にそれを贈ろうとしていたようです」

コレクターは悲しげな表情を浮かべながら、ホールの展示ケースに近づく。中にはエメラルドグリーンのネックレスがあり、美しい少女の写真がはめ込まれていた。

「先日、彼への贈り物を探すために他の街の宝石オークションに行き、これを見つけました」

「ということは、それまでずっと他の街にいらしたということですか?戻ってこられたのはいつ頃でしょう?」

刑事は重要なポイントを鋭く捉える。

「半月前に出発して、昨夜帰ってきました」

コレクターは不自然に目を逸らして答えた。

「本当にご苦労様です。完璧なコレクションを追い求め、多くの苦難を乗り越えてきたあなたの心は、賞賛に値します」

刑事は巧みに賛辞を述べる。

「一番苦労しているのはあなた方でしょう。事件のために調査して回っていると聞いています。財務官も、あなたから直々に取り調べを受けたそうですね」

コレクターはこう続けた。

「こんなに早く私の番がくるとは思いませんでした」

「誤解しないでください、私たちは捜索手順に従っただけです。皆さんは公明正大な正義の方々ですから、こんな悪事に関わるはずがありません」

「刑事さんがとても勤勉であることは理解できます。いつか、あなたの上官の前であなたを褒めるよう、財務官に頼んでみましょう」

「大変光栄です!」

刑事は立ち上がってカップを掲げる。

「乾杯しましょう!ドーラ、お前も……」

「すみません、刑事。お手洗いに行ってもいいでしょうか」

立ち上がった助手は、タイミング悪く刑事の言葉を遮った。


彼女は家に入って以来、空気中に漂う香りを嗅ぎ続けていた。そして今、家のどこかから絶え間なく香りが放たれていると結論付けることができた。

「どうぞ。階段の右側です」

コレクターは微笑み、道を指差す。

「今行くのか?間の悪い奴だ、早く行ってこい!」

刑事は空気の読めない助手を睨みつけ、コレクターの方を向いて微笑んだ。

「話を続けましょう」

助手は許可を得てすぐに客間を出た。


(どこ……香りの源はどこなの……)

匂いを辿り、助手は手探りで邸宅の2階へ向かう。

1階は一般向けの豪華なコレクション展示室と客間、2階はコレクターのプライベートエリアとなっているようだ。

空は既に暗く、2階の廊下には明かりがついていないため、その奥は真っ暗だった。

そして、廊下の一番奥から香りが漂ってきている。

それはまるで闇夜のホタルのように、助手の好奇心を掻き立て、奥へと誘う。


「あっ!」

助手は突然歩みを止めた。3メートルほど先に立っている人に気付いたのだ。

薄明りの中、華奢な少女の姿がぼんやりと浮かび上がる。

鼻が嘘をついていなければ、彼女が……香りの源だ。

「あ、あなたは……行方不明の女の子?」

助手は言葉を考える暇もなく、すぐに最も気になる質問を投げかけた。

「……行方不明じゃないわ。ここが私の家よ」

暗がりの中で、少女は低くそう答える。

「じゃあ、何であなたからもその香りがするの?」

助手は更に追求した。

助手が尋ねると、カチッという音がして2階の廊下の電気がつき、明るい光が少女の神秘のベールを剥ぎ取った。

少女は17歳くらいに見え、行方不明になった少女たちと同じく、咲き誇る花のような美しい顔立ちをしている。


しかし残念ながら、彼女は行方不明の6人の少女のうちの1人ではなかった。


少女は目を見開き、助手に興味を持ったようで何かを言おうとする。だが、その時……

「ここで何をしている!?」

2階へ続く階段から、コレクターの少し不機嫌そうな声が聞こえた。

その直後、コレクターは足早に近づいてきた。助手は勝手に入ったことを怒られると思ったが、彼は助手を無視して真っすぐ少女の元へ向かう。

「休んでいるんじゃなかったのか?なぜ出てきた?」

コレクターは少女の腕を掴み、すぐそばの部屋に押し込んだ。少女は羊のように大人しく抵抗せず、無言のまま羊小屋に入れられてしまう。

「どうしたんですか?」

刑事も慌てて2階に上がり、凍りついた助手と、まだ怒りが収まっていないコレクターを訳も分からず見つめた。

コレクターは助手を真っ直ぐに見る。

「刑事さん、言ったでしょう。お手洗いは1階ですよ」

「すみません……道を間違えました」

助手は睨まれて背筋が凍りつき、無意識のうちに舌を噛みたくなるようなバカな言い訳を口にした。

「道を間違えても問題ありません。大切なのは、引き返せるかどうかです」

コレクターの口調は穏やかだが、後ろにいる刑事に冷ややかな視線を送った。

「帰ります、今すぐ帰ります。もう遅いですし、お休みの邪魔はしません」

刑事は友好的に微笑み、急いで助手を階下に引っ張る。

助手は少女が押し込まれた部屋を振り返り、心を激しく震わせた。彼女は香りの源であり、恐らく少女たちの失踪に関係している。このコレクターは何かを隠しているに違いない。事件の真相まであと一歩のところまで来ている可能性が高い。

しかし……彼女は単なる助手だ。刑事の後を追って邸宅を出て、その日の捜査を終わらせなければならない小さな助手なのだ。


署に戻る途中、刑事は今日の助手の仕事ぶりにとても不満を抱き、助手の欠点について延々と話し続けた。

「ごまをするのを邪魔しただけですよね?もしあなたが彼を怒らせるのを恐れて私を連れ出さなければ、きっと少女の供述を得られたはずです」

助手はそう言い返す。


Part.02


翌日の早朝、助手は刑事に頼み込んだ――今日もう一度あのコレクターの邸宅に調査しに行きたい。謎の少女と香りは、きっと事件解決の鍵になると。

「今日は誤解を解くために財務官に会いに行くから、お前一人で動け」

刑事は上着を手にしてドアへ向かう。

「あと、コレクターは朝の9時から10時までチャリティーオークションに行くらしい。臨機応変に動けよ」

「言いたいことは分かりました。ご心配なく。いい知らせを待っていてください!」

助手は興奮して飛び上がった。



午前9時半、助手はあえてコレクターが外出している時間を選んで彼の家にやってきた。今回は、彼に邪魔されずに少女から証言を得るためだ。

幸いなことに、邸宅のドアは鍵がかかっておらず半開きだった。

助手は記憶を頼りに、昨日少女が押し込まれた部屋のドアまで無事辿り着いた。

ドアを開けた瞬間、部屋の中の芳醇な香りが真正面から彼女を襲う。そして一瞬トランス状態に陥ってしまった。

意識を取り戻した時、彼女はようやくドアの向こうの世界をはっきり見ることができた。広々とした豪華な部屋には、天井まで届くような木製のキャビネットがあり、美しい香水瓶や様々な香料の保存瓶が置かれている。

その謎めいた少女は専用の作業机につき、計量カップの中の液体を注意深くかき混ぜていた。

たとえ助手が素人であっても、見れば分かる。彼女は香水の調合に長けており、厳しい訓練を受けているようだ。


部外者が入ってきたことに気付き、少女は警戒して顔を上げたが、訪問者が助手だと分かると、得体の知れない笑みを浮かべた。

「私の名前はドーラ。これが私の警察手帳よ。昨日会ったんだけど、覚えてる?」

助手は作業机に近づき、単刀直入にこう続ける。

「私は、少女失踪事件を調査するためにここに来たの」

「わ……私は何も知らないわ」

少女は小さな声で答え、下を向いてかき混ぜ続けた。

しかし助手は、「少女失踪」という言葉を聞いた時、彼女の手が明らかに震えたことを鋭く見抜いた。

「緊張しないで、気軽な質問だから。ところで、まだあなたの名前を聞いてなかったね」

「カシアよ」

助手はタブレットで検索してみたが、そういった名前の人物は見当たらない。全ての学校の学籍、病院の履歴、博物館の予約履歴さえもこの名前の痕跡はなかった。

(カシア……何で偽名を使うんだろう?誰かが彼女の正体を明かすことを禁じている?)

そう考え、助手は少女をパニックに陥らせないようにこの事実を伏せた。

「カシア。いい名前だね。そういえば、あのコレクターはあなたとどういう関係?」

「彼は……私の叔父さん」

少女は顔を上げ、壁に掛けられた絵に目を向ける。その視線を追うと、そこにあったのはコレクターの肖像画だった。彼はまるで二人の会話を監視しているかのように、絵の中で不機嫌そうに立っている。

「ここは叔父さんの家なんだね。あなたの家はどこなの?」

「私の……私の家は遠い所にあるわ。今は自主的に叔父さんの家にいるの。叔父さんはとても親切で、色んな知識を教えてくれるのよ」

少女の穏やかな口調に、とうとうわずかな波が立った。

「信じて」

「カシア、あなたを信じるよ。そして、あなたも私を信じてほしい。もしあなたが脅迫されてるなら、話してくれないかな。私があなたを守るから」

助手は真剣に少女を見つめ、平静を装った表情の綻びを見つけようとする。

「私は安全よ。叔父さんが守ってくれるから」

少女は下を向き、助手の視線を避けた。

「叔父さんは私に何かが起こるのを恐れていて、私が許可なく部屋を出るのを禁じているわ。昨日は勝手に出てしまったから、叔父さんを怒らせたのよ」

「部屋から出ちゃいけないの?そんなの不法な監禁じゃない!」

「そんなこと言わないで、叔父さんが怒るわ。彼は私のためにやっているの。その苦労は分かるわ」

叔父に対する「誹謗」を聞いて、少女は真剣に言い返す。

彼女は傷つけられることと愛されることを完全に勘違いしている。これはストックホルム症候群の典型的な症状だ。助手はそう思った。

「カシア、なぜあなたから被害者が最後に残した香りと同じ香りがするの?」

「どうしてそんなに気になるの……?」

少女は顔を上げ、興味深そうに助手を見つめる。

「え?」

助手はカシアに問い返されて戸惑った。一瞬、自分に主導権がなくなったように感じたのだ。

「叔父さんが言うには、若くて美人の香りは大体似ているそうよ」

「どういう意味?全然分からないんだけど」


その時、時計が10時を告げる鐘を鳴らした。

「これ以上、あなたと話している時間はないわ。叔父さんがもうすぐ帰ってくるから。それに、任された仕事がまだ終わっていないの。叔父さんを失望させるわけにいかないのよ」

ようやく感情の起伏を見せたカシアは、手早く撹拌作業を終えて再びすりこぎ棒を手に取り、不安げな眼差しで助手を追い払う。

「早く帰って。私は香料をすり潰すわ。叔父さんは後でチェックしに来るの。とにかく帰って」

「カシア、まだ質問が終わってないの」

「早く!」


なぜ彼女は正体を隠し、コレクターの変態的な行為を代弁するのか?なぜ失踪した少女の質問に対する答えがあれほど奇妙だったのか?なぜ……

あまりに多くの疑問が助手の脳内で爆発する。まるで目の前の少女が歩く疑問符になったかのようだった。

しかしカシアに帰れと言われてしまったため、助手は自分の連絡先をテーブルクロスの下に挟み、肩を落としながらこの檻のような邸宅を後にした。


助手が去った後、コレクターがキャビネットの後ろから出てきた。彼はオークションに行ったわけではなく、物陰で会話の一部始終を聞いていたのだ。

コレクターはテーブルクロスの下から助手の残した連絡先のカードを取り出す。それをちらりと見ると、バラバラに破った。

「あの狡猾な刑事め。部下にこんな愚かな小娘を抱えているとはな」

雪のように白い紙吹雪が床に舞い散る。


「カシア。なぜ、私を叔父だと言った?そう言うように教えた覚えはないぞ」

「以前お父様から、『迷惑をかけるな』と言われたので、嘘をつきました……」

「二度と勝手なことするな」

コレクターはそう言い含めた。

「はい、お父様」

カシアは従順にしゃがみこみ、地面に落ちた紙吹雪を一枚ずつ拾い上げながら答える。コレクターが死体を処理するたびに、彼女はコレクターの最高の助手として、血に染まった塵一つ見逃すことなく、完璧に後始末をしなければならない。

彼女はコレクターの最も従順で価値のある養女であり、一つでもミスや欠陥があれば、ひび割れた陶磁器のように捨てられてしまう。


しかし先日、コレクターが失踪した少女たちの遺体を処理するのを手伝い終えた時、彼女は遺体についた気絶させるための香水に触れてしまった。

そして思いがけず染みついてしまったこの香りが、好奇心旺盛な子猫のドーラ助手を惹きつけてしまったのだ。

「カシア。さっきの女は、なぜお前から香りがするなどと言っていたんだ?」

コレクターは黙ってカシアの背後に回り込み、屈んで彼女の髪の匂いを嗅ぐ。

「何の香りだ?私には分からないが」

「私にも……分かりません、お父様」

カシアはわずかに身震いした。

「あいつはお前を騙そうとしているのかもしれない。あいつがしつこく絡んでくるなら、大変なことになるかもな」

コレクターは考えを巡らせる。

「カシア、あいつを……」

そう言って、手で首を切るような動作をした。

カシアは身をすくめ、首を振って拒否しようとする。しかしコレクターに逆らう勇気もなく、結局仮死状態の小鳥のように途方に暮れて首を硬直させることしかできなかった。

「その臆病な姿を見てみろ。何もしないうちに怖がりすぎて死んでしまいそうだ」

コレクターはカシアが自分を恐れている様子を見て満足した。

「まあいい。あいつは少なくとも警察の人間だ。あいつを殺しても後始末が面倒だからな。私たちの罪を背負ってくれる不幸な奴を探そう」

「怖くはありません……ただ、彼女の香りがまだ完全に覚醒していないだけです……」

カシアはコレクターに聞こえないように、極めて小さな声で言い返した。

真実を見抜こうとする助手の目、真実を追及しようとする顔、真実を語るようカシアを誘導する声。そんな人で作った香水はどんな香りがするのだろうか?

「これは、お父様もきっと嗅いだことのない香りだわ……」

カシアは微笑み、新しい香料への欲求に目を輝かせた。

「ごまをするだと?上流階級を相手にする時の、俺のとっておきの事件処理術だ!ったく、何も知らないガキが」

刑事はアクセルを強く踏み、署に向かって走った。

真夜中、刑事は休むために家に戻ったが、助手は警察署のオフィスに残り、手がかりが書かれたホワイトボードを見つめながら物思いにふけっていた。

ぼんやりとしている中、記憶に残った昼間のあの香りが、細い蜘蛛の糸のように助手の心にそっと絡みつき、全ての手がかりを密接に結びつけた。

助手は決意した――明日、再びコレクターの家に行き、少女を調査すると。


Part.03


今日は、少女失踪事件に関する7日間の捜査期限の最終日だ。

ちょうどその前日、事件の捜査担当の助手は、事件の中心人物であるカシアに負けを喫して落ち込んでいた。

人生が最悪だと感じる時、それは更に悪くなることがある。

助手が意気消沈して警察署のオフィスに入ると、上司である刑事が面と向かって悪い知らせを告げた――また一人、少女が行方不明になったという。

「行方不明?家出ではなく行方不明ですか?」

「被害者家族から提供された手がかりによると、昨日の昼12時頃、彼女は家族に昼食を買いに出かけると告げ、その後戻らず、どんな手段を使っても連絡がつかなくなった。彼女は普段から家族や友人と良好な関係を築いていて、品行方正で成績も優秀。家出は絶対にありえない」

刑事は今朝の緊急会議で得た情報を助手に伝える。

「上層部は、この事件が過去6件の連続事件と同様の可能性が高いと疑っている」

助手はホワイトボードに目をやり、被害者全員の写真を見比べた。

最新の被害者もまた、美しい顔立ちの少女で、基本的にはこれまでの6人と同じ特徴を持っている。

(今までの6人の生死も不明なのに、7人目まで……)

助手は不吉な予感を抱いた。


30分後、刑事は助手と共に最新の被害者が最後に目撃された場所へ車で向かった。

「また監視カメラのない路地で、ひと気のない場所。争った形跡もなしか……」

刑事はため息をつきながら手がかりを記録する。彼はここ数日、似たような手がかりを7回も記録しており、我慢の限界に近づいていた。

助手は注意深く匂いを嗅ぎ――再びあの香りを感じる。これまでの6人の少女が姿を消した場所に残っていた香りであり、あのカシアと同じ香りだ。

もし本当にコレクターたちが罪を犯しているのなら、刑事と助手が家を訪ね忠告をしたにも関わらず、彼らは反省をしていないどころかまた罪のない少女に手をかけたことになる。

(表向きは道徳的で高潔だけど、裏では極悪非道なコレクターが犯罪を繰り返し、法的権威に挑戦してるっていうのがこの事件の真相なんだ!)

助手は怒りを覚えながら心の中でこう結論付けた。


プルルルル――

その時、刑事の携帯が鳴った。

「もしもし?何だ?事件は解決、最後に消えた少女が見つかっただと?……お前たち、今どこだ?すぐに向かう」

電話を切った刑事は、とても機嫌が良さそうに微笑んでいる。しかめっ面で嘆き悲しんでいた先ほどまでとは大違いだ。

「刑事、やったのはあのコレクターですか?」

「いや、彼じゃない。同僚が、この近くの川岸の草むらで、意識を失って倒れてる酔っぱらいの貴族を見つけたらしいんだが、その隣に同じく意識を失った少女がいたそうだ」

「どこの貴族ですか?」

「毎日チャラチャラした場所でたむろしてる、カープ家のポンコツ御曹司以外いないだろ?」

刑事は軽蔑したようにそう言っていたが、次第にリラックスした口調でこう嘆く。

「ポンコツはポンコツだが、奴が自分で犯した罪を暴露してくれたおかげで、期限の最終日に事件を解決できたな」

「刑事、真犯人は彼ではないと思います」

助手は切実に自分の推理を口にした。

「7ヶ所とも同じ香りが残っていて、コレクターの家でも同じ香りがしたんですよ。事件の真相はコレクターに関係しているに違いありません!」

「分かった、分かった。もういい。今、署から緊急会議に呼び出されてるんだ。何か考えがあっても、とりあえず飲み込んでおけ!」

刑事はそれ以上話を聞く気はなかった。彼はこの事件で十分苦労をした。今望んでいるのは、すぐに車で警察署に戻り、泥酔した貴族を取り調べることだけだ。そして貴族が従順に罪を自白して事件が解決し、大事件解決の恩賞として昇進し、昇給することを期待している。


しかし貴族が意識を取り戻した時、刑事の期待は全て泡となって消えた。

長く地にまみれてこなかった貴族の名声を維持するため、少女失踪事件はまるでなかったかのように隠蔽されたのだ。

更に、少女たちの家族も一夜にして真実を諦め、日常を強制的に元の軌道に戻された。

刑事はオフィスのホワイトボードに貼られた手がかりのメモを全て剥がし、ゴミ箱に捨てる。

「刑事、真実はきっとこんなものではありません」

助手は悔しそうに刑事を呼び止めた。

「ニューシティでは、誰もが満足する結果を真実と呼ぶんだ」

刑事は無感情に助手を突き放した。

残りの品物を処理し終えた後、彼はネクタイを整える――あの貴族は自分のトラブルを解決してくれた褒美として、警察署の全員をパーティーに招待したのだ。刑事はそこへ行く前に、助手にもう一つの知らせを伝えた。

「お前が真犯人だと言っていたあのコレクターも、今回のパーティーの招待客の一人だ。お前が主張してきた真実は、もう意味がない」


同僚たちは皆、貴族のパーティーでお祭り騒ぎをすることを選んだが、助手は一人で家に帰ることにした。

彼女はダイニングテーブルに置かれたケーキ屋のチラシを見る――最終日に事件が無事解決したら、お祝いに大きなケーキを注文するつもりだったのだ。

今では、これも皮肉に満ちている。

助手がチラシをゴミ箱に捨てようと手に取った時、思いがけずその下に見覚えのない手紙を見つけた。


(誰かが家に来た?)

助手の脳内で警鐘が鳴り響く。


手紙を開けると、見慣れない手書きの文字が書かれていた。

「8日目の午前0時、真実が明らかになる。モントローズストリート74号」

(真実が明らかになる……今この瞬間、私ほど事件の真相を気にしてる人はいる?差出人は何者で、私に何を伝えたいの?)

助手が時計を見ると、23時20分だった。手紙に書かれた時刻まであと40分だ。車で行けば、十分時間に余裕がある。

助手は刑事と一緒に行こうと思い電話をかけたが、電話はずっと話し中だった。

それもそのはずだ。貴族のパーティーはどれも明け方まで行われる。あの貴族が教訓を忘れ、また酔って意識を失い、罪を着せられてはまずいだろう。



23時55分、助手はバイクに乗って急ぎ、手紙に書かれた場所に到着した。

今夜は月も風もなく、黒く分厚い雲が息苦しいほど空を覆っている。

助手は非番だったため、規則に従い弾を抜いて銃を署内のガンロッカーに入れなければならなかった。そのため彼女は今、腰にある護身用の電気警棒を握り締め、腰を曲げて壁に張り付き、路地の奥へと小股で進むことしかできない。

目的地まであと十数メートルというところで助手は立ち止まり、携帯を取り出して確認した。

予想通り、刑事は電話に出ない上に、メッセージにも返信してこない。まるで世界中でただ一人、助手だけが真実を求めるために奔走しているかのようだった。

時計の針が0時に近づくにつれ、助手の鼓動がどんどん速くなっていく。彼女は期待し、緊張しながら、大きな真実が訪れるのを待っていた。

0時の鐘が鳴ると、カラスが路地の上空を飛び交い、鳴き声を上げながら哀歌を歌う。

哀歌は暗雲を払って裂け目を作った。その裂け目から月明かりが助手をギリギリ照らしている。

この瞬間、彼女は地面に倒れ、全身が麻痺した。手足は動かなくなり、鼻孔にはあの奇妙な香りが漂っている。

(そうか。この奇妙な香りは、濃くなると人間の抵抗力を失わせる武器になるんだ……)

助手は、自分を襲った犯人が誰なのかを見ようとして、一生懸命頭を後ろに向ける。しかし予想外にも、カシアの美しくも不気味な笑顔が視界に入った。


「この香り、遂に完全に覚醒したのね」



7日後、カシアはコレクターの地下室から出てきた。ここ数日、彼女は地下室にこもり、香料の精製と新しい香水作りに専念していたのだ。

「新しい香水を作ったのか?」

カシアの背後に近づいたコレクターは、彼女の身体から嗅ぎ慣れない香りを感じ取る。それはミントに近い香りで、活力に満ちており、普段の甘い香りとは全く異なっていた。

「とても爽やかな香りだが、嗅ぐとうずうずとして、何かを研究したくなるな」

「お父様、これのインスピレーションは人間の終わりない好奇心です」

カシアは振り返ると、敬意を持って答える。

「ああ、好奇心と言えば……」

もう一度深呼吸すると、コレクターの思考はますます香りに揺さぶられた。

「以前、真相究明をしつこく迫っていた無鉄砲な女がいただろう。彼女が姿を消したそうだ」

「彼女が無謀すぎると考えて、刑事が異動させたのでしょう」

「そうだろうな。あの狡猾な男は、よくもあんな奴を傍に置けたものだ。そういえば、彼女はなんという名前だったか」

「ドーラで……」

「まあどうでもいい。もう終わったことだ……」

カシアが言い終わる前に、コレクターは背を向けて立ち去っていく。


カシアは手を上げ、親指と人差し指の間についた香りを嗅いで満足げな笑みを浮かべた。

「……ドーラ。この新しい香水の名前でもあるわ」


Fin.