Part.01
昼食時、上の階から聞こえる炒めたり刻んだりする調理の音が、眠っていたニノを起こした。
賑やかな他の家庭の部屋に比べ、ニノの部屋はとても物寂しい。
ニノの両親は長年外で働いており、いつも家にいない。唯一ニノの面倒を見てくれていた祖母が亡くなった後は、家に一人残されている。
その時、窓から料理の豊かな香りが漂ってきた。
昔、まだ祖母が生きていた頃は、両親に会えずとも祖母と一緒に食事をしながらテレビを見ることができた。ニノはそんな人生でも幸せだと感じていたのだ。
しかし今は……
ニノは枕の下から携帯電話を取り出す。昨夜ゲームをしすぎて疲れてそのまま寝てしまい、充電するのを忘れていた。
まだ3%残っている間に、ニノは素早く『はらぺこ?』というアプリでデリバリーを注文した。彼女にとっては、コーラさえあれば何でもいいのだ。
注文後、ニノはパソコンの前に飛び込み、2年間プレイし続けた『ビーストレギオン』を開く。これは唯一、ニノが毎日退屈しのぎにしていることだ。
「仲間たち、おはよう~~」
「団長、起きるの早いね!」
「ニノ来たか」
ギルドのメインメンバーとして、ニノがオンラインになるとすぐにギルドメンバーから挨拶が届く。
このゲームは来週サービス終了となるため、ギルドにはもうオンラインのメンバーはあまりいない。残っているのは、数人のコアメンバーだけだ。
プレイ人数がまだたくさんいた以前は、ニノがオンラインになった瞬間、その場が油を引いたフライパンに水が入ったかのようだった。
ニノを歓迎したり、争いを正当に評価するよう求めたり、戦いを申し込んだりと、次々とメッセージがポップアップされるのだ。ニノは目がくらみ、返信する指が痙攣しそうだった。
それでも彼女は、仲間がいて必要とされている感覚を好み、それを何よりも幸せに感じていた。
いずれにせよ……ニノは現実世界ではゲーム以外に楽しいことなど何一つなかった。
ニノはギルドのメンバーにこう尋ねた――
「サ終した後、何のゲームに移るか考えた?」
『ビーストレギオン』はニノのインターネット上の家のようなものだ。故郷が取り壊され、移住を余儀なくされた今、彼女にできることは何もない。しかしメンバーがいるのなら、何をプレイしても構わない。世界のゲームメーカーはここだけではないのだから。ニノはこれについて楽観的だった。
誰も返事をしなかったので、ニノは自分のアイデアを伝える。
「レビューをいくつか読んだけど、『ファイナルドリーム15』は良さそう。それやってみない?次のギルドも同じ名前にしてさ」
しかし、チャンネルのチャットは数分経っても静かなままで、誰も答えなかった。
ニノが入力を続けていると、チャットメンバー「灰のハート」のメッセージが表示される。
「悪い、ニノ。仕事が決まったんだ。来月から仕事に行かないと」
ニノは手を止め、「みんな、なんか言ってよ。次はどのゲームにしたい?」と送信ボックスに打っていた内容を削除する。
「ああ……大丈夫、大丈夫」
ニノはこう打ち直した。
「ちゃんと仕事しなよ?またサボってゲームして上司にクビにされないようにさ」
「ごめん、ニノ……しばらくしたらFACの訓練を受ける予定だから、たぶん私も遊べないと思う」
「灰のハート」が先陣を切って発言したのを見て、メンバーの「夜影」もゲームをやめるというメッセージを送る。
「夜影」は元々優等生で、ゲームはストレス解消のためだったとニノは自分に言い聞かせた。
自分のように、ゲームにハマったせいで学業を放棄し、高校2年で中退した勉強嫌いな人間とは、全く同じ世界の人間ではない……と。
「……いいことじゃん。アタシも嬉しいよ……」
「他のみんなはどうなの?」
他のメンバーは、無言を貫いたり、ゲームをやめる意志を次々と伝えたりしている。
誰一人、ニノについていき次のゲームでまたグループを作るとも、ニノの仲間になるとも言わなかった――彼らは最終的に、現実世界の生活に戻らなければならないのだ。
ニノは雰囲気を壊さないように、自分の変顔のスタンプをチャットに送る。
前からこのグループでは、メンバーがニノのキャラクター画像のスクリーンショットを撮り、スタンプにして遊んでいた。
品のない行為だとニノは激しく文句を言っていたが、内心ではとても喜んでおり、スタンプ一つ一つを保存している。
「大丈夫、大丈夫。リア充になるのはいいことじゃん。機会があったらまた会おうね」
ニノは気にしないふりをして、タイピングしながらポテトチップスの袋を破る。そして中身を口に押し込み、胸の悲しみをポテトチップスに乗せて飲み込もうとした。
「俺たちがいなくなったら、ニノ団長は寂しいか?」
誰かがそう尋ねる。
「どうかな」
ニノは明言を避けた。
悲しんでいる姿を見られるのは恥ずかしいという考えが、いつしかニノの心に根付いていた。
恐らく……昔、学校でいじめられて教室で泣いていた時、たまたま通りかかったクラスメイトが、泣いている彼女をはっきり見たにも関わらず、あざ笑うようにそっぽを向いたせいだろう。
『ビーストレギオン』で自らギルドを立ち上げてから、嬉しい時も腹が立った時も多くの人が彼女を気遣ってくれたおかげで、ニノは素直に本心を見せるようになった。自分が投げかける感情や言葉を誰も気にかけず、ただ地面に叩きつけられることはなくなったのだ。
しかし今、ギルドは解散する。
孤独を恐れるあまり、ニノは再び自己防衛の仮面をかぶった。
ニノはその日、自分がいつオフラインになったのかを覚えていない。思い出せるのは、何かを捕まえて何かを残そうとするように、ぼんやりとゲーム画面をクリックしていたことだけだ。
デリバリーした商品がまだ玄関先に置かれていることに気付いた時には、冷えたコーラはすっかり常温になっていた。
正式にサーバーが停止される前日、ニノは再びオンラインになった。今回集まったメンバーは多い。これが最後の集まりになるからだ。
グループでは誰もが笑い、冗談を言い、あれこれと話し、ニノのスタンプを大量に送っていた。
「ニノは配信とかしないの?」
メンバーの「雪羽」が突然提案する。
「配信?」
ニノはその意味が分からなかった。
「ゲーム配信だよ!」
「ニノは私みたいな、ギルドにしがみついてる人間と違って、ゲームが上手いでしょ?絶対、他のゲームで配信者になれると思う!」
「雪羽」はそう説明する。
「はは……ゲーム配信者なんて、アタシ……アタシには無理だよ」
配信は感情知能指数が極めて高い人にしかできないというのが、ニノのイメージだ。
(アタシみたいな人間が……できるわけないじゃん)
「まあまあ、そう言わずにさ。やってみなきゃ分からないでしょ?」
「雪羽」は励まし続けた。
「ニノやってみて!」「ニノやってみて!」……
メンバーは一致団結して、この言葉をコピペしてチャット画面を埋め尽くす。
「分かった、分かったって!やってみるよ」
ニノは最後にみんなを失望させたくなかったので同意するふりをしたが、実際には気にしていなかった。
『ビーストレギオン』が正式にサービスを終了した後、ニノはインターネットの亡霊となっていた。どこに行って何をすればいいのか分からず、毎日ネット上をさまよっている。
彼女は、かつてのゲーム感覚を取り戻そうと、新しいゲームにアカウント登録をしてみた。
しかし、慣れない環境とギルドメンバーを前にして、慣れ親しんだ雰囲気を見つけようとすればするほど、落ち込んでしまった。
いくつかのゲームを続けて登録したが、どれも退屈に感じる。その時、ニノはふと「雪羽」が言っていたライブ配信のことを思い出した。
(暇だし、他の人の配信ルーム覗いてみよっかな。どうせお金もかからないし)
そう思ったニノはサブアカウントを登録し、サイトでおすすめされているトップ配信者の配信ルームを適当にクリックした。
大人気のトップ配信者だけあって、コメントは吹雪の中の雪のように密度が高く、圧倒的だった。
お金をかけてスーパーコメントを投げ、限られた時間画面のトップに固定して、配信者の注意を引こうとする人も多くいる。
配信ルーム全体が何千人もの人々が集まるコンサートのようで、配信者はスポットライトを浴びて輝く焦点だった。
誰もが配信者を見つめ、誰もが配信者の仲間になり、配信者とこの瞬間の喜びを分かち合っている。
この賑やかな光景にニノは深く感動し、高揚した。
ニノがよく見ると、配信者は協力プレイで料理をする『フレンズクック』というゲーム配信をしていた。
配信者は視聴者たちにつらつらと文句を言い、マシンガンのように射撃し続ける。
「焦げた焦げた焦げた、鍋が焦げてんの見えない?」
配信者につられて、ニノの悪口を言いたいという欲求が刺激された。悪口に関して言えば、ニノのレベルも高い。
長いこと『ビーストレギオン』に没頭してきたおかげで、彼女はもう他人をあざ笑って赤面させる前に、自分が先に赤くなってしまう小さなニノではないのだ。
配信者が料理をする前に、ニノは煽りコメントを送った。
「鍋が自分でご飯を炊くのを待ってるの?鍋に失礼だと思わない?」
配信者が料理を運ぶ時に手が震えて床に落とすと、ニノはまた煽りコメントを送る。
「料理ヘタな奴が料理運んでるの?」
ニノの配信者に対する鋭いコメントは、他の視聴者の「wwwwww」という反応を引き出し、ニノは久しぶりにコミュニティ内で遊ぶ楽しさを感じた。
再び配信者を煽ろうとした時、彼女はふと自分の口が悪いせいでアカウントが停止されていることに気付いた。
配信ルームの管理者はチャンネル内で、「節度あるコメントにご協力を」と言っている。
(ニノ団長のアカウントをブロックするとか、アタシが誰だか知ってんの?)
ニノは心の中で愚痴をこぼした。
(まあでも、『ビーストレギオン』を離れたら、ニノが誰かなんて知ってる人はいないか)
ニノは力なくそう考える。
彼女は別のサブアカウント「ビースト戦神002」としてログインし、他の配信ルームをクリックした。この配信者は先ほどの人よりも人気が低く、あれほど賑やかではない。
「ようこそ、ビースト戦神002さん」
配信者は画面上部のメッセージを読み上げた。
ルームの人数が少ない分、配信者に気付かれたことで、ニノは予想外の喜びを感じた。
人気はそれほど高くないが、コメント欄には多くの視聴者がいて、コメントを投稿したり、配信者と交流したりしている。
配信者がコメントを眺めながら視聴者と他愛ない話に花を咲かせるのを見て、ニノはかつてギルドメンバーたちと過ごした時間を思い出した。
「もう抜ける。みんな早く寝な」
眠くなったニノは、こう投稿した。
「おやすみ、ビースト戦神さん」
配信者がニノのコメントを見て、反応を返す。
「おやすみなさい!」「おやすみ~」「おやすみ」と他の視聴者たちもコメントでニノに声をかけ、ニノはその優しさに驚き、心が温かくなった。
彼女と配信ルームにいたネット上の見知らぬ人々は、一緒に過ごしたこの時間で、一時的な友人になったかのようだった。
友人とは……遅かれ早かれ別れてしまうもの。その関係が一時的であれ長期的であれ、それは変わらない。
ニノは今……ただ誰かと一緒いたかっただけなのだ。
「アタシも配信者になれば、あの人たちみたいにたくさんの友達が遊んでくれるのかな?」
ニノは考えた末に、こう決めた――
(どうせ暇なんだし、配信者になってみよう!)
Part.02
ニノはバーチャルキャスターになることを決意した。
(アバターは……『ビーストレギオン』の時のデザインを使おう!)
ゲームの中のニノは、遊び心のある金髪にピンクのハイライト、原宿系のヘソ出しトップスとミニスカートで、とても目立つ。
現実世界のニノはそれとは正反対だった。標準的な学生らしい髪型に、スカート丈も本来の制服のまま。人混みの中に立つと、まるで海に溶け込む一滴の水だ。
結局のところ、不人気な生徒が目立ちすぎると、かえって嘲笑され、仲間外れにされる。目立たず、自分を隠しておくことが、ニノが学校で生き残るために学んだ方法だった。
しかし『ビーストレギオン』をプレイしてからは、この「ゲーミングニノ」を通じて遠慮せず自分を解放していた。
ニノは、自分にとってとても重要な「ゲーミングニノ」に、仮想世界でも「生きて」ほしいと思っている。
そのため彼女はイラストレーターを雇い、ゲーミングニノを参考にそのままの姿を再現したアバターを作成した。
だが腕のいいイラストレーターは高くつく。再現性を追求するため、ニノは2週間以上ほとんどをインスタントラーメンでしのいだ。
幸いなことに、近所に優しいおばあさんがいて、ニノに時々食べ物を持ってきてくれたため、インスタントラーメンを食べすぎて口内炎ができるのを避けられた。
バーチャルアバターの作成、モーションキャプチャ機器の購入……長い準備期間を経て、ニノは遂に人生初のライブ配信を開始した。
土曜日の夜9時、ライブ配信のゴールデンタイムに、ニノはカメラの電源を入れ、機材を調整し、配信ルームを開いた。
「皆さん、こんにちは……新人配信者のニノです。アタシのチャンネルをぜひフォローしてください。これから毎晩……ゲーム実況を配信します」
ニノは明るい笑顔を見せ、その笑顔をモーションキャプチャし、「配信者ニノ」の顔に反映する。
しかし、誰もニノの笑顔に反応を示さない。
配信ルームにはほとんど人がおらず、時折ザッピングしている視聴者が覗き込む程度だ。しかし、彼らはただ目新しいものを見たいだけで、興味がないと分かればすぐに退出してしまう。
「ようこそ……」
ニノが視聴者の名前を読み終える前に、その視聴者は出ていった。
コメントを投稿する人もおらず、残ってニノの話を聞く人もいない。それはニノが想像していた賑やかな配信ルームとは全く異なっていた。
だが挫折して倒れた時には、最も得意な方法で立ち上がればいい。
ニノは最近話題のゲーム『コードネームDARK』を配信画面で開いた。
(アタシがゲームをプレイすれば、視聴者はアタシのスキルに感動するはず。そうすれば、配信ルームは大人気間違いなし!)
ニノは自信に満ち溢れていた。
しかしニノは、同じ時間帯にもっと人気のある配信者がこのゲームをプレイしていることを考慮していなかった。
このゲームに興味のあるプレイヤーはみんな人気のある配信ルームに行く。あまり知られていない配信者を見る人は少ない。
ニノがしばらくプレイしていた間、配信ルームのランクは1から3まで上昇したものの、その後は上がることはなかった。
「配信者のこのアバター、ちょっと見覚えがあるな」
ニノが落ち込んでいると、「ビースト123」という視聴者が配信ルームに入ってきた。
「え?」
突然のコメントに、ニノは高揚しながらすぐに答える。
「うん、『ビーストレギオン』にいた時のデザインだよ」
「ああ、サ終になったあれか。一時期やってたけど、受験でやめたんだよな」
視聴者はこう返した。
「どのサーバーだったの?」
ニノは熱心に尋ねる。
しかし「ビースト123」は彼女の質問が終わる前に配信ルームから退出していた。
その人はすぐに去ってしまったが、ニノは喜びを感じる。やっと自分と交流してくれる人が現れた。今日初めて会話し、アバターデザインの意図まで気付いてくれたと。
一生懸命長い配信を終え、ニノは配信ルームを閉じた。
すると画面に、ライブ配信のデータが表示される。
「収入:0、配信ルームの入室者数:6、最大同時視聴者数:1、コメント数:2」
(怖いくらい低いな。アタシのゲームが下手だから?)
ニノは疑念を抱きながら、他の配信者のアーカイブを観察した。そして一部の配信者は、自分より優れているわけでもないのに自分よりも人気であることに気付く。
調査の結果、ニノは本当の理由を突き止めた。何人かの配信者は他のプラットフォームからここに移動してきており、昔のファンがついて来ているのだ。
配信者の中には現実世界でも有名な人がいて、その人を見に来るファンが多い。配信の内容は重要ではない。
また、かなり長い間この業界に深く関わり、長年の努力によってそれなりのファン数を築いてきた配信者もいる。
ニノのような新人配信者もいたが、多くはライブ配信者のプロデュース企業と契約し、先輩との共演で人気を得ているようだ。
ニノだけが、全く頼れるものがなかった。これが戦争なら、ニノは手にした原始的なパチンコを頼りに、他のトップレベルの軍団と真っ向勝負を挑んだということになる。
ボコボコにされないわけがない。
「正面から勝てないなら、避ければいいんじゃない?」
ニノは回避戦術を取ることにした――他の人気配信者が深夜に配信を終えるのを待ってから、自分の配信を始めるのだ。
この作戦は功を奏し、配信ルームの視聴者は十数人に増えた。
数人よりは十数人の方がいい。少しの進歩でも進歩だとニノは自分を慰める。
「もしアタシの配信が気に入ったら……右上のボタンをクリックしてフォローしてください」
ニノは『コードネームDARK』をプレイしながら、入ってきた視聴者に丁寧な口調で挨拶をした。
ニノは以前、ある大物配信者の配信ルームで暴言を吐いたためアカウントを停止されたことがある。そのため、自分の配信ルームで同じことをすれば、せっかく来た視聴者が逃げてしまうのではないかと恐れていた。
「パイ信者はいつからこれやってんの?かなり上手いじゃん」
あるコメントが飛んでくる。
「パイ信者」とは配信者の意味だ。ニノは配信ルームで使われる言葉のいくつかを理解できるようになっていた。
「アタシは新人だし、プレー歴も長くない。上手いのは、アタシに才能があるからだよ」
ニノは熟考の末、こうした節度ある言い方を選び、心の中のより節度ある「それは他のヤツらが×××だからだ」という言葉を削除した。
すると、更にコメントが返ってくる。
「てか、こんな遅くまで起きてるんだね。今日は来るのが遅くなったから、いつもdしてる人たちの配信終わっちゃってさ」
「dってどういう意味?」
「応援するってこと。俺のバッジ見て」
ニノはこの視聴者が獲得している他の配信者のファンバッジを見ていく。バッジは軒並みランク29だ。
(みんないいなぁ。ランク29まで応援するなんて、この人かなり筋金入りのファンなんじゃない?)
ニノには今、ファンが一人もいないため内心、他の配信者を羨ましく思った。
「じゃあ、あなたもニノをdしてね!」
「パイ信者は毎晩ライブ配信するから、忘れずに見て!」
ニノはそう言った。
ファンがいなくても、ニノは話し相手がいることに満足していた。
(この業界に入ったばっかなのに、色んなことを人気配信者と比べても、ムカつくだけじゃん)
彼女は自分にそう言い聞かせたが、身体は正直に人気配信者になるための一歩を踏み出す。
(先生が言ってたアレ、なんだっけ……)
ニノはほとんど授業を聞いていなかったので、それを思い出すのに苦労した。
(……そうだ!「艱難汝を玉にす」!)
何日も続けて、ニノは深夜1時から明け方の4~5時まで欠かさず配信をした。
このような昼夜逆転のスケジュールを支えていたのは、ニノのまだ若い身体だ。
しかしニノは滅多に外出せず、極度の運動不足で、更にジャンクフードばかり食べているので、体力は同年代に比べてかなり劣っている。
努力は報われず、配信データも依然として低い。その後、ニノはライブ配信の時間を長くし、より必死にゲームをした。
ある日、ニノは我慢できずにカメラの電源を切る前に背もたれに頭を預けて寝てしまった。
画面の中の「配信者ニノ」も目を閉じ、首を横に傾けたまま動かない。
そうしてアバターは眠ってしまった。それは特別なことではなかったが、ニノの寝息には意味不明な寝言が混ざっていたのだ。
それは「×××」と聞こえた。
寝言の中には、時々有名配信者の名前もいくつか出てきていた。この無名の配信者は、眠っている間も競争相手の研究を忘れず、非常に熱心なようだ。
すると、いつの間にかニノの配信ルームに配信者の寝姿を楽しむ物好きたちが集まり、コメントを投稿したり、こんなに「節度ある」寝言を言って、どんなにいい夢を見ているのだろうと議論し始める。
目を覚ましたニノは、配信ルームがまだ開いたままだったことに気付き、あぜんとした。
同時に、彼女はこの一昼夜に渡る生放送で9人のファンを獲得し、68人もの視聴者が配信ルームを訪れたことに驚いた。これは、普段どんなに努力してもなかなか得られなかった数字だ。
(視聴者って配信者の寝顔見るのが好きなの?どんな変なフェチ?)
ニノはアーカイブを確認し、自分の「×××」という寝言を聞いて、やっと視聴者が増えた理由を理解した。そして、恐怖も湧き上がる――これほど「節度ある」言葉を発したのに、管理者にアカウントを停止されていないことに感謝するしかない。その上ファンまで増えたのだから、高いお香を焚いて神様に感謝するべきだろう。
寝言でファンが増えたこの事件で、ニノは配信に対するアイデアを思いついた。ゲームをコツコツとプレイしても有名になるのは難しい。しかし、滑稽な言動で視聴者を笑わせられれば、まだファンを増やすチャンスがあるのかもしれない。
ニノはすぐに詳細な計画を立てた。
今日はトップ配信者2人の大喧嘩について鋭く批評する。明日は他の無名配信者を見つけて1対1のトランプゲームを配信して、負けたらキーボードを食べる……
ニノは多種多様ないたずらと、客観的で公平な批評、そして天性の煽りの才能を頼りに、手始めに物好きたちを視聴者としてゲットした。
バーチャルキャスター業界は既にレッドオーシャンで、面白系配信者のレーストラックも超満員だ。
ニノがあらゆる手を尽くして面白いことをしても、安定した視聴者は1日に数十人にすぎず、受け取る投げ銭もせいぜい数十ディスコイン――デリバリーのファストフードにコーラを付けて2回頼める程度だ。
この日、ニノは毎週恒例の両親からの電話を受けていた。
ニノは配信を始めてから昼夜逆転生活を送っており、両親からの電話に出られないことも多く、彼らを心配させている。
「夜中に起きて昼間に寝るなんて、身体を壊すわよ。あの何とかのせいで……何だっけ?」
「バーチャルキャスター」
ニノが説明をする。
「その何とかキャスターって、稼げるものなの?」
電話の向こうは心配そうだ。
「これは……これは長期的な計画なんだって。頑張って配信してれば、生活は問題ないよ」
「あなたが自立するのは、パパもママも嬉しいわよ。今夜時間があったら、私たちもあなたのライブ配信を見てみるわね」
「あっ、まだ見ないで……二人とも今夜の配信内容は興味ないと思う」
今夜のライブ配信ではまた面白いことをやる予定だ。配信ルームで人気を集めるには、滑稽な言動で視聴者を笑わせなければならない。もし親に見られれば……きっと恥ずかしくて自由に振る舞えないはずだとニノは思った。
「来週の月曜はゲーム実況をするから、その時に見に来てよ。最近あれを……」
「悪い、ニノ。これからパパたちは打ち合わせなんだ。お金は足りているか?」
電話の向こうの両親は、急ぎの仕事があるようでニノの話を遮った。
「足りてるよ。早く仕事に戻って。アタシのことは心配しなくていいから」
「分かった。じゃあ、気をつけるんだぞ」
そうして電話は切られた。
本当は今夜のデリバリーを注文するお金すら足りないのだが、ニノは一生懸命働く両親にこれ以上負担をかけたくなかった。
(最悪、今夜はビスケットで我慢だ!)
「ニノちゃん、ニノちゃんいるかい?」
夕飯時、ニノの部屋のドアがノックされた。ノックしたのは隣の部屋のおばあさんで、ニノに焼きたてのパイを届けに来たようだ。
隣の部屋のおばあさんは、ニノの亡くなった祖母と同じくらいの年齢で、彼女はとても親しみを感じている。
「ニノちゃん、おばあちゃんは仕事の邪魔をしたかのう?」
「ううん、アタシは深夜しか配信しないんだ。まだ早いから大丈夫」
「一生懸命働いてるんだから、もっと食べて健康に気をつけてね」
部屋に上がったおばあさんは、テーブルにパイを置いた。
「美味しいものが食べたかったら、おばあちゃんに言うんだよ。作ってあげるからね」
「おばあちゃん、ありがとう!仕事で稼いだら、おばあちゃんにごちそうしてあげる!」
「いい知らせを待ってるよ」
ニノは泣きそうな目をこすった――
(パパとママの期待もあるし、おばあちゃんの優しさにも応えたい。早く有名な配信者になれるように頑張らなきゃ!)
Part.03
配信でお金を稼ぎ、隣のおばあさんにご飯をごちそうすること。そして一生懸命働いて自立することが、ニノの目標となった。
しかし、ライブ配信で稼ぐことが簡単なら、これだけ多くの配信者が卒業を発表することはないだろう。
ニノは自分と約束をした。半年後もまだ人気が低迷し、ファン数が1000人を突破しないようなら……卒業を発表すると。
両親の期待通り、自立するために平凡で安定した仕事に就き、現実世界から逃げるのをやめる。
結局のところ、ニノは高校2年生で中退したこと自体、かなり恥ずかしいことだと思っていたのだ。
この日、ニノは今夜のライブ配信のネタになるような話題をネットで漁っていた。
その時、あるライブ配信の予告が彼女の注意を引く。
数百万人のファンを持つリアルキャスターのAちゃんは、面白く猟奇的なチャレンジ動画で多くの若いファンを魅了し、人気を博している。
彼が公開した予告によると、今日は外でライブ配信を行い、ランダムに人を選んでドッキリを仕掛けるという。
予告が公開されてからわずか数分で数百件のコメントが集まり、誰もが今夜の配信を楽しみにしているようだ。
(このビッグウェーブに今乗らないで、いつ乗るの?)
(今夜はニノがライブ配信でリアルタイムに批評しよう!こういうのなんて言うんだっけ……そうだ、「螳螂、蝉を窺い、黄雀、後に在り」!)
Aちゃんが配信を開始すると、ニノも定刻通りにライブ配信を開始し、Aちゃんの配信ルームの映像を自分の画面に映し出し、リアルタイムで鋭い批評をする準備を整えた。
ニノが予想していなかったのは、Aちゃんのドッキリのターゲットが下校中の地味な服装の学生だったということだ。
表面上、Aちゃんは面白いことをしているように見えるが、実際にはダサくて貧乏くさい服装をしている相手に屈辱を与え、その反応を笑い物にしようとしているだけだ。
すぐに、その騒ぎを見ようと多くの学生が彼らの周りに群がり、誰もが素朴で恥ずかしそうな罪のない学生を見下して笑っている。
この瞬間、Aちゃんの配信ルームは更に新たなランクに上昇した。
この既視感のある光景は、ニノの心の奥底にある不快な記憶を瞬時に呼び起こす。かつての学校での自分の境遇と、この恥ずかしがっている学生は同じだ。
周囲の人々は、学校を中退したニノを、現実から逃避した軟弱者だと非難するだけだった。
しかし、どれほどの苦しみを味わってそのような選択をしたかは、誰も考えない。
昔は誰もニノの話を聞かなかったが、今では自分の配信ルームを持っている。視聴者は多くないが、それでもニノの視聴者なのだ。
それ以上自分をコントロールできなくなり、ニノは悪質なライブ配信に自分の攻撃性を爆発させた――
「自分をすごいと思ってるみたいだけど、実際はいじめっ子のクズがバカ騒ぎしてるだけじゃん」
その鋭い批評で、ニノの配信ルームは徐々に盛り上がっていく。コメントには、ニノは真に受けすぎだという声もあれば、ニノを支持する声もあった。
騒然とした雰囲気の中、誰かがニノに高価なスーパーコメントを投げた。内容は「配信者ナイス」というたった数文字だ。
ニノは固まった。普段はあまりコメントもない自分のような新米配信者が、まさかスーパーコメントを貰えると思っていなかったのだ。
配信終了後、ニノが計算してみると、今回の配信の分配金として少なくとも200~300ディスコインが得られることが分かった。決して多くはないが、隣のおばあさんに食事をごちそうするには十分だ。
ニノは現金を引き出し約束を果たそうとしたが、その前にシステムから通知が届いた――あのスーパーコメントを送ったのは未成年者だったため、送り主に返金されるという。
(未成年?返金?)
そのルールは、配信に関する注意事項に確かにはっきりと書かれていたが、ニノは感情的にそれを受け入れることができなかった。
彼女はすぐに配信を開始し、愚痴を漏らした。
注目を集めるために何でもする道徳観念がないゴミ人気配信者は大金を稼げる一方で、まともな無名配信者である自分たちは数ヶ月必死に働いて、ようやくわずかな収入を得たのに、それを強制的に返金させられるのはなぜなのか。
未成年者が投げ銭をしてはいけないなら、なぜあの未成年者は正常に支払うことができたのか。
ニノは口調が荒くなると、「×××」を連発した。
弱小配信者として、巨大プラットフォームに堂々と立ち向かい、人気配信者を名指しで咎める勇気に、多くの物好きたちがニノの配信ルームに集まっていく。
一時は配信ルームのオンライン視聴者数が100人を超え、フォロワー数も増えた。
しかしその代償として、ニノの配信ルームは管理者によって7日間閉鎖されることとなった。
7日間の前半、ニノは特に気にすることなく過ごした。数ヶ月間休まずに配信し続けた分、この罰を7日間のゴールデンウィークだと思えばいいと考えていたのだ。
更に、この事件でファンを数人獲得しているので、損はしていない。
しかし7日間の後半に入ると、ニノは少し不安になり始めた……
(アタシに会えなくて、ファンは寂しがってるかな……ああ、管理者にもっと礼儀正しくしてれば。×××って言葉がそんな汚くなかったら、閉鎖期間はもっと短くなったのかな)
ニノがライブ配信を再開した時、数十人で安定していた視聴者が、数人まで激減していることに気付いた。
「今日は馴染みの視聴者さんが来てくれなかったから、配信ルームの活気がなかったな……」
ニノは再び、配信を始めた頃の恥ずかしい状況に戻ってしまった。
(みんなアタシのファンをやめちゃったの?でも、まだ7日しか経ってないのに……もうニノのこと忘れちゃったってこと?)
(それなら……もう1回ニノを見てくれるようにする!見れば絶対思い出して、またニノを好きになってくれるはず!)
その後数日間、ニノは人気を取り戻そうと配信に全力を尽くした。
話題のゲーム『コードネームDARK』を必死にプレイし、あらゆる方面の素材を鋭く批評し、更にはあの居眠り配信までもう一度行った。
しかし、配信ルームのデータは未だかなり悲惨な状況だ。
ニノは管理者に説明を求めた。管理者を怒らせたため、意図的にアクセス数を減らされたのではないかと。
しかし、杓子定規な対応しか得られなかった。
ニノを更に不安にさせたのは、ライブ配信業界に新人が続々と参入しており、ただでさえ不足している自分の視聴者が余計に少なくなっていることだ。
この人気のない中、誰かが時々配信ルームをフォローしてくれることが、彼女の心の救いになっている。
「また1人増えた。よかった、友達がまた1人できた……」
誰が自分をフォローした後、それを外したのか。誰が自分のライブ配信を見に来た後、他の人をdして戻ってこなかったのか。ニノはこうした損得を気にするようになった。
そして、それらはニノの心を何度も削る石となった。
そんな低迷した日々の中、ニノが自分と約束した半年の期限がやって来た。
ファン数は1000人を突破どころか、その半分にも達していない。
「半年間配信しても、集まったファンは数百人。もうすぐ卒業配信するかもね?あはは、冗談だよ」
ニノは活気のない配信ルームでこう言ってみる。予想通り、配信ルームにいた2~3人の視聴者は彼女を引き留めようとはしなかった。彼らは、ザッピングしながらたまたまクリックして入ってきただけなのだ。
「アタシが配信をやめても、誰も引き留めてくれないみたいだね……」
『ビーストレギオン』で遊んでいた頃、あれほどいい友人ができたのは、時間や場所など全てのタイミングが良かったからなのではないかとニノは思った……あるいは、彼らは誰とでも仲良くでき、他の人がリーダーだったとしても和気あいあいと過ごしたのかもしれない。
ニノは他の人から見て、唯一無二の存在ではない。ニノはそれほど人気ではなかったのだ。
彼女は深く自信を喪失し、卒業配信を計画し始めた。
他の配信者の卒業回を検索してみると、動画には「こんな形で配信者を知ったのは残念だ」というコメントが多い。
(ってことは、卒業配信がアタシ史上一番人気の配信になるかも?)
ニノは自虐的にそう思った。
だが、最後のライブ配信で人気が出るのなら、半年間の配信者人生も満足のいく形で終われる。
卒業配信に関して、ニノはいくつかのプランを考えていた。
(ゲームする?ううん……半年前からゲーム実況しててもアクセス数は少ないし、誰も見に来ないはず)
(面白いことでもする?配信者のキツイ生活より、面白いことなんてあるかな)
ニノはよく考えた。そしてこの半年間、ほとんど家から出ていなかったので、卒業回では今までと違うバーチャルキャスターの外出企画にしようと決意する。
せっかくの外出なので、行き先は最も興奮する場所――幽霊が出ると噂のニューシティ郊外の廃遊園地にした。野外で配信する多くの配信者が探検企画で訪れる場所だ。
十数年前、まだ廃遊園地になる前に幼いニノは両親に連れられ、そこに遊びに行ったことがある。幼いニノにとって、それは数少ない家族との幸せな思い出だった。
そこで卒業回の配信をやり遂げれば、ニノの失われた子供時代と青春を記念するものになるだろう。
配信者を卒業後、ニノは社会のルールに従って生きる成熟した大人になるのだ。
土曜日の夜11時、ニノは他の人気配信者たちの配信が終わりそうな時間に外に出て、タクシーで廃遊園地に向かった。
モーションキャプチャの機材は持ち出すには不便なため、ニノはアバターを使わず、一人称視点でライブ配信を行う予定だ。
途中、タクシーのラジオからニュースが流れた。郊外の古い工場で死瞳が出没し、多くの人が襲われているという。ラジオでは、絶対に近づかないようにと住民たちに注意を促していた。
その古い工場と廃遊園地は、ほんの数百メートルしか離れていない。タクシーの運転手はニノに「本当に行くんですか?今あの辺りは危険ですよ」と尋ねる。
ニノはただ配信に別れを告げたかっただけで、世界と別れるつもりはない。無意識のうちに引き返して家に帰ろうとした。
しかし、ニノが再び配信サイトをチェックしたところ、多くの配信者がニューシティの記者よりも早く、死瞳が人々を襲っている光景を配信している。
有名になりたい配信者はたくさんいるが、死にたい配信者はそれほど多くはない。こうした命を惜しまない配信ルームには視聴者が一気に殺到した。
ニノの記憶では、この無名配信者たちはもともと数百人のフォロワーしかいなかったはずだ。しかし今では、全員のフォロワーが数千人まで増え、現在も増え続けている。
(うーん……あいつらがフォロワーを増やせるなら、アタシだって増やせるよね。最後のライブ配信なんだし、盛り上がってこう!)
ニノは興奮し、ドライバーにもっと速く、古い工場を目指して真っすぐ運転するように頼んだ。
命が惜しい運転手は、そのままニノを道端に降ろし、素早く去って行った。悪い評価で解雇される方が、死瞳に出会って地獄に落ちるより遥かにいいと考えたのだ。
「ビビりめ」
ニノは文句を言いながら携帯のナビを見る。古い工場までは0.5キロ離れているが、走れば間に合う距離だ。
真っ暗な工場と荒野が広がる薄暗い郊外の道で、ニノは配信ルーム内にハードロックの曲を流し、自分を奮い立たせる。
「ニノは死瞳の第一現場を見にいくぞ!」
ニノは、より多くの人に来てもらうために配信ルームの名前を変更し、足早に歩き出した。
しかし彼女は気付いていなかった。前方の薄暗い街灯の後ろに、1体の死瞳が隠れて彼女を待っていることを……
Fin.